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ドラフト選手の家庭の事情 (国学院大・杉浦稔大)

2013年12月06日

12/6、日刊ゲンダイ30面「ドラフト選手の家庭の事情」より

ヤクルトドラフト1位 杉浦稔大 (動画)
国学院大・投手・21歳

杉浦(動画)は北海道の十勝平野にある帯広市で生まれた。冬のこの時期、氷点下20度前後になるこの町では、アイスホッケーと並んで野球が盛んだ。5人兄弟の長男である杉浦も、子どもの頃から秋冬はホッケー、春夏は野球に慣れ親しんできた。

杉浦がプロ野球選手になれたのは、家族の影響が大きい。杉浦家はスポーツ一家。地元の農協に勤めている父・幸男さん(50)は、中学から野球に打ち込んできたという。

「中学、高校と野球をやって、帯広北高時代には投手として北北海道大会に2度出場しました。当時はスピードガンはなく、ゲームセンターの計測ゲームで139キロを出したことがあります(笑い)。ただ、2度とも初戦敗退で(笑い)。対戦相手が揃って甲子園に出場しているんですから、運がなかったですよね(笑い)」

チームのエースだった幸男さん。当時、野球活動が盛んだった農協に「野球部枠」で入社した。全道大会で優勝するなど強豪チームをエースとして牽引した実力は、杉浦にも受け継がれている。

杉浦が子供の頃、現役だった幸男さんは、庭で一緒にキャッチボールをしたり、プロ野球の試合が行われる帯広球場に息子を連れていったりした。

「稔大が小学生の時、帯広のヤクルト戦で裏方をやることになった。その時、池山さん(1983ヤクルト2位)や真中さん(1992ヤクルト3位)らに稔大宛てのサインをもらいましてね。ヤクルトに指名されたのも、何かの縁かもしれません」

父が高校野球のエースなら、母・真美子さん(48)はソフトボールのエースだった。「ソフトボール人口が少なかったですから・・・」と謙遜する真美子さんだが、実力は道内屈指。中学からソフトを始め、帯広南商業高時代にはインターハイ、国体、東日本大会に出場。

高校3年の83年、時の中曽根康弘首相が開会式で挨拶した群馬の「あかぎ国体」では、スリングショット(腕を後ろに大きく振り上げ、その反動で前方に振る投法)から繰り出す威力ある球を武器に、チームの全国3位に貢献した。

「ソフトをやっていたからでしょうか。稔大が野球で悩んでいることがあったりしたら、よく相談に乗りました。好きで野球をやっていたわけだから、楽しんでやりなさいということはよく話してましたね」(真美子さん)

男の子は母親に似るとよくいう。杉浦は体が柔らかく、股割りをしても90度近く開く。「ひじの使い方が柔らかく、球持ちがいい」(ヤクルト・斉藤スカウト)と評判。真美子さんも「柔軟体操は得意な方」と言う。

スポーツが得意な両親に感化されたのか、杉浦をはじめ5人兄弟はみな野球やバトミントン、テニスに取り組んでいる。

広大な十勝の地のスポーツ一家に育った高級素材。「広く大きく育つように」という意味を込めて、稔大と名付けられた188センチの長身右腕が、神宮の杜でどでかい仕事をやってのける。



杉浦君のピッチング動画はこちら



draftkaigi at 06:47│ ヤクルト | ドラフト選手の家庭の事情
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