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あのドラフト選手は今、安達智次郎(ドラフト1位)

2014年01月26日

1/25、スポーツニッポン3面「猛虎之言」より

1992阪神ドラフト1位 安達智次郎 
村野工高・投手

神戸・東門街で焼酎バーを経営する安達智次郎さん(1992阪神1位)。だが、「本職は野球の方」だと言う。中学硬式野球ヤングリーグ「神戸美蹴館ロケッツ」で監督を務める。

「見えないことを信じる勇気」「子供たちに言い続けている言葉」という。星の王子様のような「大切なものは目に見えない」は経験から得た信条だった。「見えないもの、希望や夢は心の中にしかない。未来に限らず過去もある。思い出をデータや武器にして使っていく。この勇気があれば前にすすめます」

93年、ドラフト1位であこがれの阪神入りを果たした。だが、入団直後にフォームを崩し、試行錯誤で取り返しがつかなくなった。納得いく球が放れたのは1年目、ウエスタン・リーグ初登板で6者連続三振を奪った1度きりという。

98年には打者転向となり、苦悩で「死にたい」とまで思った。野村克也監督就任で投手に復帰すると「これで投手として現役を終えられる」。

外れ1位だった。ドラフトで阪神が1位入札したのは松井秀喜氏だった。巨人から「1位で行きたい。抽選に外れたら1位で指名します」と連絡が入っていた。

松井氏とは1度だけ、99年3月5日のオープン戦で対戦。「130キロしか出ない球で恥ずかしくて仕方なかった」。結果は四球だった。「向こうは国民栄誉賞の大スター。面識もないけど、安達と聞けば思い出すでしょう」

この99年限りで7年のプロ生活を終えた。1軍に上がることはなかった。「だから僕の夢もいまだにプロ野球選手。子供にはプロは素晴らしいと伝え、一緒に追っている」

一塁手だった中学2年秋、観戦していた神戸・村野工の野球部長(後に監督)、田中英樹さんが投手への返球を1球だけ見て「鳥肌が立った」と投手転向を勧めてくれた。「道を開いてくれた恩師。ロケットのような球を投げろと激励してくれた」。今度は少年に道を示す番だ。夢は今の店名「ロケットボール」に見える。

94年7月、派遣先の米ブリストルで取材したのを思い出す。同僚の当時18歳、ファン・エンカルナシオンを「彼は絶対メジャーで成功する」と断言していた。後にワールドシリーズ王者2度の主軸だ。夢を見る、そして素質を見抜く目は確かである。



下は1992ドラフトで阪神が指名した選手です。安達智次郎は1位指名され入団。プロでの成績はこちら

阪神の1992ドラフト指名選手
1位安達 智次郎村野工高投手
2位竹内 昌也NTT東北投手
3位米村 和樹熊本商大付高投手
4位片山 大樹徳山商高捕手
5位山本 幸正堀越高投手
6位塩谷 和彦神港学園高捕手
7位山下 和輝プリンスホテル外野手
8位豊原 哲也小倉東高外野手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 08:17│ あのドラフト選手は今・・・ 
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