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あのドラフト選手は今、岩村明憲(ドラフト2位)

2016年01月28日

1/27、夕刊フジ終面より

1996ヤクルトドラフト2位 岩村明憲
宇和島東高・内野手・17歳

日本野球機構(NPB)の12球団はきたる2月1日に沖縄、宮崎などで一斉にキャンプインする。その一方で、あの名選手は雪の積もる福島で奮闘中だ。かつてヤクルトで活躍し米大リーグへ移籍、ワールドシリーズ進出も果たした岩村明憲氏(1996ヤクルト2位)

昨季から独立リーグのルートインBCリーグ・福島ホープスで監督兼選手を務め、先ごろには球団代表の肩書も加わった。座右の銘「何苦楚魂(なにくそだましい)」を掲げるスラッガーが偽らざる現状、生きがい、夢を語った。 


--BCリーグはNPBに比べ地味ともいえる

▼岩村明憲
「いろいろな経験をさせてもらっています。木田優夫さん(現日本ハムGM補佐)や高津臣吾さん(現ヤクルト投手コーチ)がいたし、フランコ(元ロッテ、前石川監督兼選手)、タフィ(ローズ=富山コーチ兼選手)も戻ってきた。米国の独立リーグ同様、『ここで活躍すればNPBに戻れる』というレベルに近づいてきた。このリーグを盛り上げていく仕事が地味だとは思いません」

--同リーグ入りの経緯は

▼岩村明憲
「同い年の小野剛GM(元巨人投手)が声をかけてくれた。僕は当時(2014年オフ)ヤクルトを退団したばかりで現役を続けたい一心。独立リーグのことはまったく知らなかった」

--球団創設1年目の福島に監督兼選手として身を投じた理由は

▼岩村明憲
「楽天時代に東日本大震災を経験したこと。そして、このチームが生まれた理由が『野球を通して福島を元気にするため』と聞いたからです」

--昨年11月から球団代表の肩書も加わった

▼岩村明憲
「シーズンオフは1日2、3件の企業回り。現在は地元の出資企業26社、広告スポンサー53社に協力いただいているが、もっと増やしたい。NPBのチームのように1企業が親会社として負担するのではなく、1件あたりのスポンサー料は高くなくても、100社なら100社に“おらがまち”のチームとして応援してもらう形を取りたいと思っています」

--リーグの選手の待遇は

▼岩村明憲
「月給10万~40万円。3月中旬-9月中旬の6カ月間だけ支給され、オフはアルバイト。選手枠は1球団27人まで」

--岩村氏自身は米パイレーツ時代の2010年、年俸約4億8500万円(推定)に達したが

▼岩村明憲
「最近契約を更改して、自分の方から選手としての月給は最低保証の10万円にしてもらいました。それに加え、監督としての給料をいただいています」

--選手としては昨季、DHや代打で10試合に出場、打率.556(18打数10安打)、1本塁打。数字はさすがだが出場機会が少なかった

▼岩村明憲
「僕はもう選手としてNPB球団に戻る気持ちはないから、将来のある選手に数多くチャンスを与えたい。実際、選手としては練習時間もなかなか取れないのが現状で、昨年のオープン戦は1打席立っただけで公式戦に臨んだ。それでも打席に立てば、ファンの方はあの岩村だと思って期待してくださるわけで、プレッシャーを感じて変な汗をかきました(笑)」


--やりがいは

▼岩村明憲
「ここを選んで本当によかった。監督兼選手をしながら、1人でも多くNPBに送り込むことを目標に、選手を育てていくことに生きがいを感じています。単身赴任ですが“住めば都”で、福島はご飯も地酒も果物も野菜も肉もうまい」

--NPB球団復帰を期待するファンも多い

▼岩村明憲
「“乗りかかった船”で、球団の足場が固まるまでは投げ出せない。将来、身の振り方を考えるべきときがきたら、そのときに考えればいい。ここにいるとNPBの選手はすごく恵まれていると実感するし、12球団に協力してもらえれば、一緒に球界全体をもっと盛り上げていく方法がいくらでもあると思います」



下は1996ドラフトでヤクルトが指名した選手です。岩村明憲は2位指名され入団。プロでの成績はこちら

ヤクルトの1996ドラフト指名選手
1位伊藤 彰山梨学院大付高投手
2位岩村 明憲宇和島東高内野手
3位山崎 貴弘小笠高投手
4位小野 公誠東北福祉大捕手
5位副島 孔太法政大外野手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 12:37│ あのドラフト選手は今・・・ 
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