ドラフト会議
情報局
2016ドラフト
高校生の候補
2016ドラフト
大学生の候補
2016ドラフト
社会人の候補
スカウト
評価
2016ドラフト
全指名選手
ホームに
もどる

あのドラフト選手は今、片岡光宏(ドラフト1位)

2016年02月23日

2/23、夕刊フジ16面「野々村直通の単刀直球」より

1979広島ドラフト1位 片岡光宏
府中東高・投手・17歳

先週、清原和博容疑者を例にプロ野球選手の社会性の無さと堕落について述べたが、今回どうしても語りたい私の教え子について記す。1979年のドラフト会議で広島カープに1位指名を受けた片岡光宏(1979広島1位)のことである。

当時の契約金3000万円は18歳の少年には大金である。一般社会では入社時にすでに大金をもらえる例など皆無である。ドラフト1位の高校生として注目を一身に浴び選手生活を送るが、芽は出ずに2軍止まり。肩の故障で投手を断念。打者転向し、血のにじむような努力を重ね1軍にはい上がった。

3年間レギュラー格として結果を残し「ポスト衣笠」と期待されたが、今度は腰を痛め、その後、中日、横浜大洋と渡り歩き、ヘルニアの手術をするも回復せず、ついに野球を断念した。

さて、ここからである。私は彼の動向をつぶさに見てきたが、彼は引退を決意したその秋にはパチンコ店の掃除のアルバイトを買って出る。お客の灰皿や外回りの清掃に明け暮れる。彼にはお好み焼き店を開く夢があったのであえて働くということを学びたかったと言う。この経験で「いかに世の中を知らなかったか」を自覚したという。

その後、広島に帰りお好み焼きの修行見習いに汗を流した。やがて宮崎市内でお店をオープンさせるが、その準備期間の6ヶ月はとび職に志願。まさに命と体を張った仕事の厳しさに直面し、「この厳しさが選手時代の自分にあれば打者としてもう一歩ボールに踏み込めたのに・・・」と述懐して悔しがるのだ。

店がオープンすると、毎朝5時から「出前します!」と呼び掛けたチラシを配る毎日で、店を知ってもらうために必死に人生を開拓していく。「4年くらいでやっと家族で外食できる一人前の商売人になれた」と笑う。

今、宮崎市内で「お好み焼き・かたおか」を知らないタクシー運転手はいない。2月の宮崎キャンプ中は毎夜、プロ野球関係者でにぎわう店となっている。驚くことに店内には彼がプロ野球選手であったことを誇示するものはどこにもない。いち店主として過去を振り返らない彼らしい発想である。

今、彼はプロ野球選手のときとは違う新たなファンを獲得し、心豊かな人生を強く生きている。清原容疑者と対比してみて、この輝きは何とまぶしいことか・・・。教え子ではあるが、私は彼をこよなく尊敬し、学びたいと思っている。

「たかが野球、されど野球」という言葉があるが、人生を勘違いしてつまずく野球選手に言いたい。所詮、たかが野球」なのである。「されど野球」と胸を張れる人生を送ってもらいたい。(元高校野球監督)



下は1979ドラフトで広島が指名した選手です。片岡光宏は1位指名され入団。プロでの成績はこちら

広島の1979ドラフト指名選手
1位片岡 光宏府中東高投手
2位永田 利則広島商高内野手
3位滝口 光則山形南高投手
4位山中 潔PL学園高捕手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 07:08│ あのドラフト選手は今・・・ 
ドラフトニュース検索