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あのドラフト選手は今、吉原道臣(ドラフト6巡目)

2016年05月26日

5/25、日刊スポーツ4面「野球の国から」より

2006横浜ドラフト(大・社)6巡目 吉原道臣
ホンダ・投手・25歳

スーツ姿が決まっていた。西新宿のビジネス街。「うちは、2020年にはビジネスフォンのない社会の実現を目指しています」と熱く訴える。名刺の名は吉原道臣(2006横浜6巡目)情報通信技術(ICT)機器やソフトウエアの製造・販売を手がける「オフィス24」に勤務している。元横浜の投手だ。

入社2年目で広報と人事を担当。電車で毎朝8時半に出勤する。ある日の午前中は企画会議に出席。午後は新入社員の採用面接だ。夕方6時に退社し、近くの体育館へ。同社は、障がい者も楽しめるシッティングバレーの日本代表スポンサー。体験教室を開き、東京パラリンピックに向けた普及活動を行っている。

元プロ野球選手の腕のみせどころだ。忙しい毎日も「充実してます。今が一番楽しいですね」と笑顔。ここまで決して順調ではなかった。

プロ4年目の10年秋、覚悟していた戦力外通告を受けた。2年目に主に中継ぎで25試合に投げ、11試合連続無失点。そこが頂点だった。オフに右肘クリーニング手術。その後は1軍登板なく、2度のトライアウトも他球団の誘いはなかった。「けじめはついた。就職活動だ」と腹を決めた。

つてがあり、すぐに製薬会社に就職できたのは良かった。営業マンとして必死に働いた。自社製品はもちろん、薬事法を一から勉強。しかし、約2年で会社の業績悪化に伴うリストラに遭う。戦力外の時よりショックでした。心の準備がなかったから」。外資系企業のシビアな面を知った。

次は知人に勧められた介護職。ハローワークに通い介護職員初任者研修を終え、埼玉の介護施設で働いた。将来は介護ビジネスを手がける夢を描いたが、資金がたまらず断念。中途採用で今の会社と縁があった。

困難を乗り越えてきた原動力は挑戦だ。プロ3年目の秋、引退選手の進路先の調査結果を見た。一般企業は少なかった。自身も、引退後も野球に携わるイメージだった。

「でも、それじゃずっと一緒だと思ったんです。新しいことに挑戦することで選択肢が広がればいい。進む人が少ない世界で成功すれば面白いなと」
と、また笑った。現役の頃は、あまり笑わなかったという。「人付き合いが苦手で。今は人付き合いが楽しいです」と明るい。

いずれ転機を迎える後輩選手たちへの助言を聞いた。「引退後のことなんて、真剣には考えられません。それでいいと思います。現役の間は野球に集中して欲しい。ただ、最初の活躍が止まった時が分岐点。そこで1度、振り返ることが大事だと思います」

もっと肘のケアをしておけば長くできたかも、との思いはある。ただ、新たな居場所をつかんだ。「今の職場で頑張ります。引退した選手も会社に入って再スタートできると思ってもらえれば、サラリーマンとして成功したと言えるのかな」。

プロ野球経験が、シッティングバレーの活動に役立っているだけではない。営業で対人関係を磨き、介護で心が成長した。人事の仕事につながるという。「いろんな経験が集約されたところにいると思っています」と話す顔は、自信に満ちていた。




下は2006大学・社会人ドラフトで横浜が指名した選手です。吉原道臣は6巡目指名され入団。プロでの成績はこちら

横浜の2006大・社ドラフト指名選手
希望枠高崎 健太郎日産自動車投手
1巡目指名権なし
2巡目指名権なし
3巡目木村 雄太東京ガス投手
4巡目下園 辰哉九州国際大外野手
5巡目下窪 陽介日本通運外野手
6巡目吉原 道臣ホンダ投手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 08:46│ あのドラフト選手は今・・・ 
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