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あのドラフト選手は今、美口博(ドラフト2位)

2017年03月21日

3/21、中日スポーツ9面「満薗文博の光と影と」より 

1975中日ドラフト2位 美口博
中村高・投手・18歳

一塁側・中村高校アルプス席に立すいの余地はない。そんな中に、中日スポーツの美口博整理部長(1975中日2位)はいた。40年もの、長い道のりを経て、たどり着いた甲子園だった。

中村の甲子園出場は、伝説となった1977(昭和52)年春、たった12人で成し遂げた初出場で準優勝の「二十四の瞳」以来、実に40年ぶりである。当時のエース、山沖之彦さん(1981阪急1位)らもスタンドにいた。彼らは美口部長の2年後輩だ。

75年の夏、中村はエース・美口を擁して甲子園切符に王手をかけたことがある。当時は1県1代表制ではなく、南四国大会で切符を争ったが、惜しくも夢はかなわなかった。美口投手は、その年のドラフト会議でドラゴンズに2位指名されて入団。

しかし、不運な交通事故もあり、5年でプロ生活に別れを告げた。以降、中日新聞社でボールをペンに持ち替えた。6月には60歳の定年を迎える。

1―5。前橋育英に善戦しながら後輩たちが敗れた後で、美口部長の目は赤かった。「感動で胸が締め付けられ、泣きました。勝って校歌は歌えなかったけれど、2回と7回にアルプス全体で歌いました」

実は、この2月、美口部長は、元プロが学生野球を指導できる資格を回復させている。「故郷に帰ります。子供たちと野球を楽しみたい」。還暦球児に、かなわなかった甲子園への夢が宿っている。

(3月20日 センバツ高校野球大会 前橋育英 5―1 中村)




下は1975ドラフトで中日が指名した選手です。美口博は2位指名され入団。プロでの成績はこちら

中日の1975ドラフト指名選手
1位田尾 安志同志社大外野手
2位美口 博中村高投手
3位青山 久人国府高投手
4位早川 実西濃運輸投手
5位福田 功中央大捕手
6位関東 孝雄日通浦和内野手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 11:28│ あのドラフト選手は今・・・ 
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