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イチローを発掘した名スカウト、自殺の真相(その6)

2017年07月22日

7/20、日刊ゲンダイ31面「球界への遺言」より 

1998オリックストドラフト1位 新垣渚
沖縄水産高・投手・18歳



なぜ、どうして・・・いったい、何があったのか・・・。1998年11月27日午後、三輪田勝利編成部長が沖縄の賃貸マンションから身を投げたと聞いた瞬間、驚きと、悲嘆と、落胆と、疑念が頭の中で交錯した。

1週間前のドラフトで「ダイエー以外は進学」の沖縄水産高・新垣渚を指名。当初、栽弘義監督は三輪田に会うことを避けていたが、5000万円の裏金で軟化。三輪田は栽監督から「新垣を取ってくれ」とまで言われ、当日は夕方6時に山本公士スカウトと新垣の実家を訪れる予定だった。「これで新垣は取れますよね」と言った三輪田の声は明らかに弾んでいた。

それから24時間もしないうちに、しかも交渉を前に、なぜ、自ら死を選ばなければならなかったのか。

三輪田は那覇市内のワシントンホテルに宿泊していた。山本によれば、当日は午前中に2人で朝食を取り、午後から現地に向かう予定だったという。三輪田は山本にこう言ったそうだ。「何か手土産を持っていかなければならないので、用意しておいてください。自分は(手持ちが少ないので)、ちょっと銀行に行って、カネを下ろしてきます。1時にホテルのロビーで待ち合わせましょう」

ところが、約束の午後1時を過ぎても、三輪田は現れない。おかしいと思っていたら、身を投げていたという。一緒に朝食を取った山本は、三輪田に特に変わった様子はなかったと言った。だとすれば、山本と別れてからの数時間に、いったい、何があったのか。

三輪田が亡くなって数日後、管理部長だった矢野清を沖縄へ行かせた。「悪いけど、現地へ行って、後始末をしてきてくれ。いろいろと迷惑をかけたわけだから」。役所や警察などを回って挨拶とお詫びをしてきた彼が、戻るなりこう言った。

「代表、向こうでおかしな話を聞いたんですよ」。おかしな話?。「タクシーで方々を回ったら、夕方、運転手が『きょういろいろなところに行かれましたけど、オリックスの方ですよね?』と。そうだと答えると、『実は三輪田スカウトが亡くなった日、自分は彼をタクシーに乗せた』と言うんです」

聞けば、その運転手は当日の昼ごろ、ワシントンホテルから三輪田スカウトを乗せ、身を投げた賃貸マンションとは別のあるホテルに案内したという。で、矢野が実際に足を運んでみたそのホテルは、那覇の繁華街のど真ん中にあった。薄汚れていて、どちらかといえば、いかがわしい感じ、フツーの旅行者がポンと飛び込めるようなホテルではなかったとか。運転手によれば、三輪田をそのホテルまで連れて行き、そこで降ろしたのは間違いないという。(つづく)



上の記事はオリックス・元球団代表の井箟重慶氏が書かれたものです。

下は1998ドラフトでオリックスが指名した選手です。新垣渚は1位指名されるも入団拒否しました。

オリックスの1998ドラフト指名選手
1位新垣 渚沖縄水産高投手
2位川越 英隆日産自動車投手
3位相川 良太東海大内野手
4位木村 昌広日立製作所投手
5位徳元 敏東農大生産学部投手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 07:05│ オリックス | ドラフトのウラ話
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