ドラフト会議
情報局
2017ドラフト
高校生の候補
2017ドラフト
大学生の候補
2017ドラフト
社会人の候補
スカウト
評価
2017ドラフト
全指名選手
12球団の
情報まとめ
ホームに
もどる

ドラフト選手の家庭の事情、高橋遥人(亜細亜大)

2017年11月16日

11/16、日刊ゲンダイ28面「ドラフト選手の家庭の事情」より

2017阪神ドラフト2位 高橋遥人
亜細亜大・投手・動画

亜大・高橋遥人(動画)は父・智太郎さんと母・朱美さんとの間に、5人きょうだい(4男1女)の次男として生まれた。小学3年で地元の西奈少年野球スポーツ少年団に入団。自転車のカゴにグラブとバットを入れて練習場に通った。学校の休日は早朝から夜まで野球漬けだった。

「遥人に言ったのは『やる以上はレギュラーになれ。人よりたくさん練習しろ』と。一生懸命やるなら応援はするが、いいかげんにやるようなら辞めろというスタンスでした」(智太郎さん)

5人の子どもたちは皆、身長が180センチ以上あり、「180センチの遥人は小さい方」(智太郎さん)という。智太郎さんは身長180センチほど、朱美さんも170センチ以上あるというから、恵まれた体は両親の遺伝子を受け継いだのだろう。

高橋を含め、きょうだい全員がスポーツをやっている。高橋の兄はすでに就職しているが、今年から関西の大学に進学した妹はバスケットボール、2人の弟(高3、高1)も野球部だ。智太郎さんは子どもたちの試合があると、仕事の合間を見つけて応援に出掛けるが、練習や試合のための送り迎えは、朱美さんがほぼ担当した。

体重78キロの高橋は太りづらい体質で、常葉橘高時代は65キロほどで線が細かった。当時の黒沢学監督(現常葉菊川高野球部長)は言う。「食うトレといって、部員全員が夕食で白飯1キロ食べることを目標にしていましたが、彼は700グラムくらいしか食べられなかった。ご飯を口にため込む姿はリスのようでした」

父・智太郎さんは自動車工業高(現静岡北高)時代、野球部に所属。1年のとき、3年先輩で法大に進学していた袴田英利(元ロッテ)が江川卓(元巨人)を連れて来たことがあった。投球練習の物凄いストレートに仰天。

「先輩から江川さんのサインもらってこい、と言われてまとめてサインを書いてもらいました。同じ年に銚子商との練習試合で当時3年生だった篠塚和典さん(元巨人)とも対戦。小さい体なのにリストが強く、本塁打を2本打った。そのときもサインをもらう係でした」と懐かしそうに振り返る。

2年後輩にはのちに広島にドラフト外で入団する長嶋清幸(現中日コーチ)がいた。高校時代は一緒によく遊んだそうだ。

智太郎さんはいま、静岡で中古車屋を営む。高校卒業後、大手自動車会社の販売店に就職。営業マンを務め、30代前半で一念発起して独立した。「上司とは何度もケンカをした。黒いカラスも上司が白と言えば白。朱に交われば赤くなるといいますが、そうなるのが嫌でした」(智太郎さん)

サラリーマン時代は月収12万~13万円程度だったが、商売は順調に成長。年間の売り上げが4億円に達したこともあるそうだ。高橋が生まれてから、40~50坪の家も建てた。

「酒は好きですけど、自己管理だけはしっかりして、借金なくここまでやってこれました。行きつけの居酒屋で知人とくだらない話をしながら、車を買ってもらうこともあります。とはいえ、今は子どもたちにお金がかかる。遥人は大学時代、寮費や食費で年間250万円ほどかかりました。子どもたちの活動をサポートするには毎月、ウン十万円は必要。商売を始めたときは60歳になったら仕事を辞めようと思っていましたが、まだ辞められそうにないですね」(智太郎さん)

そして、高橋に向けてはこう言う。「野球選手は個人商店と同じ。3年くらいでクビになる選手もたくさんいる。チームメートといえども、あくまでライバルだと思ってやっていかないとダメだと思っています」。個人事業主だからこその助言といえるだろう。



下は2017ドラフトで阪神が指名した選手です。2位指名・高橋君のスカウト評はこちら

阪神の2017ドラフト指名選手 
× 清宮 幸太郎       
× 安田 尚憲     
1位 馬場 皐輔 仙台大 投手
2位 高橋 遥人 亜細亜大 投手
3位 熊谷 敬宥 立教大 内野手
4位 島田 海吏 上武大 外野手
5位 谷川 昌希 九州三菱自動車 投手
6位 牧 丈一郎 啓新高 投手
育1 石井 将希 上武大 投手


draftkaigi at 07:08│ 阪神 
ドラフトニュース検索