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下園辰哉(DeNA戦力外)、第二の人生は会社員

2017年12月26日

12/26、夕刊フジ35面「俺の人生、第二幕」より

2006横浜ドラフト(大社)4巡目 下園辰哉
九州国際大・外野手・22歳

(前半略)

記者
「球団から戦力外通告を受けたのは?」

下園辰哉
「シーズン終盤の9月。2軍は試合がなくて練習日でした。朝、横須賀(2軍の本拠地)で練習前にマッサージを受けていたら、マネジャーから呼び出されて、行ってみると高田GMがおられて契約しない旨を伝えられました」

記者
「他球団でのプレーは考えたか」

下園辰哉
「ずっとやってきたベイスターズでこれ(代打)だけの扱いで、そのチームにクビって言われたらもう無理でしょ、って思ったのが本音。11年お世話になったチームで辞めるのがいいかな、と思いました。あまり未練はなかったです。その日のうちにきれいにロッカーも片付けました」

記者
「ご家族には」

下園辰哉
「その日のうちに伝えました。妻は、そうなんだと明るく返事をしてくれたが、実は強がっていたみたいで。もっと他のチームでもプレーしてもらいたかったらしくて・・・。子供が学校から帰ってきて、来年からパパの野球は見られないけどいい?と話したら、7歳の長男は理解できたらしく大泣きされました。その顔を見てたら、俺どうしようかな、と。家族全員、大泣きしました。やっぱり、やった方がいいかなと考えたり。辞めるつもりで帰宅したけど、家族の気持ちを考えたら、ね。一度切れた気持ちをどう呼び起せばいいのかを考えて、次の日以降、横須賀に行って、気持ちが変わればと思って1週間1人で練習しました。それでも9対1で辞める気持ちの方が強くて、最終的に家族に相談して(引退を)決めました」

記者
「現在の仕事は」

下園辰哉
「落ち着くまで詳しいことは控えさせていただきますが、12月から横浜の企業に会社員として勤めています。朝10時に出勤して夜7時まで。将来的にはいろんな事業をやっていきたいです。会社の力を借りて、新規事業の立ち上げということも考えています。今は社会人としての基礎を勉強中です。パソコンのパワーポイントやエクセルとか。それに人の輪を広げること。幸い横浜には僕が野球をやっていたことを知っている方が多いので、それを活用してね」

記者
「野球をしているときと違って大変なことは」

下園辰哉
「全部難しいです。言葉遣いひとつとっても、そう。ただ、選手会長を3年間やっていたことが生きている。目上の人への接し方や話し方。極論、ゴマすり的なことも覚えました(笑)」

記者
「球団職員として残る選択肢はなかったか」

下園辰哉
「お話はありました。(球団には)顔見知りも多く、内情も知っているので、正直楽だったとは思います。一方で、違う道でもう1回自分の名前を世に出せればかっこいいと思いました」




下は2006大学・社会人ドラフトで横浜(現DeNA)が指名した選手です。4巡目指名の下園辰哉のプロでの成績はこちら

横浜の2006大・社ドラフト指名選手
希望枠高崎 健太郎日産自動車投手
1巡目指名権なし
2巡目指名権なし
3巡目木村 雄太東京ガス投手
4巡目下園 辰哉九州国際大外野手
5巡目下窪 陽介日本通運外野手
6巡目吉原 道臣ホンダ投手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 07:02│ 戦力外通告 
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