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広島、木村拓也を巨人へトレードに出した内幕

2019年01月23日

1/23、日刊ゲンダイ33面「川端順の常勝軍団のつくり方」より 

1990日本ハムドラフト外 木村拓也
宮崎南高・捕手

「あいつのために出してやれ」。編成の仕事のひとつにトレードがある。コーチから編成になったばかりの2006年、松田元オーナーにこう言われたのは木村拓也(1990日ハムドラフト外)のことだ。

球界屈指のユーティリティープレーヤーとして04年アテネ五輪の日本代表にも選出されたが、就任1年目のマーティー・ブラウン監督はなぜか「使わない」と言う。オーナーは私に耳打ちをした。「ブラウンは使わん言うとるんやろ? どこか(移籍先を)探してやれ」

木村には「川端さん、ボクは使ってもらえないんですか?」と聞かれ、「とにかく腐るな。手を抜かずに頑張れ」と励ますしかなかった。人柄がいい。明るく盛り上げるのがうまい。高校球児がそのまま大人になったような男だった。

他球団に売り込むと、再登板したばかりの巨人・原辰徳監督が応じてくれた。シーズン中の6月に山田真介(1997巨人3位)との交換トレードが成立。巨人は交流戦中で「福岡ドームに来てくれ」と呼ばれた。木村を連れて挨拶に行くと、原監督は笑ってこう言った。

「キャッチャーもできるんだって? 楽しみだね」。私は心の中で「内、外野できるけど、さすがに捕手は無理や」と思った。木村はそのソフトバンク戦で即スタメン起用された。左翼での出場だった。

オーナーは「巨人か。いいチームに入ったな。セならまた見られるやないか」と喜んだが、鈴木清明球団本部長は「木村は良かったけど、うちに来た山田はどうなんや?」と冷静だ。

成立する前、ブラウン監督が「走りがいい選手がいる」と交換要員として山田を指名していた。私は「その役割なら木村でもできます」と進言したが、「いや、山田は次のことを考えられるプレーヤーだ」と言って聞かなかった。

山田はカープで頑張っていた。1年後、阪神の岡田彰布監督から「欲しい」と打診があった。「少年野球チームの後輩だから」ということらしい。ブラウン監督に伝えると「(広島)市民球場で二軍戦を見ていていい選手がいた」と言う。喜田剛(2001阪神7巡目)だった。が、オーナーは怒った。

「山田がいいって言うたのに今度は喜田か。山田にしても、あっち行ったりこっち行ったり、かわいそうやないか。喜田って選手は知ってるし、好きやけど、ブラウンは今度こそ使うのか?また来てからいらんと言われたらどうするんや?」。結局トレードとなり、山田はわずか1年で阪神へ移籍していった。

巨人へ行った木村はというと、3年後にまさか本当に捕手を守るとは・・・。延長十二回、ベンチに捕手がいなくなり、10年ぶりにマスクをかぶって試合を締めた。原監督はあの時、確かに「キャッチャーもできるんだって?」と言った。最初からこれを想定してトレードに応じたのではないか。そう思えてならない。 (つづく)



上の記事は広島の前編成部長、川端順氏(1983広島ドラフト1位)が書いたものです。下は1983ドラフトで広島が指名した選手です。川端順氏は1位指名入団。プロでの成績はこちら

広島の1983ドラフト指名選手
1位川端 順東芝投手
2位小早川 毅彦法政大外野手
3位紀藤 真琴中京高投手
4位伊藤 寿文東芝捕手
5位石本 龍臣倉吉北高投手
6位阿部 慶二ヤマハ発動機内野手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 06:53│ │広島 
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