ドラフト会議情報局 2019高校生ドラフト候補 2019大学生ドラフト候補 2019社会人ドラフト候補
2019ドラフト指名予想 スカウト評価 12球団ドラフト情報まとめ ホームにもどる

甲子園準優勝の高塚信幸がプロで成功しなかった理由

2019年04月27日

4/26、日刊ゲンダイ29面「最強監督(智弁和歌山・高嶋仁)が語る甲子園」より

1997近鉄ドラフト7位 高塚信幸
智弁和歌山高・投手

高校野球の球数制限が、少し前から話題になっているでしょう。その話を聞くたびに「ああ、彼には申し訳ないことをした・・・」と思い出すのが、1997年ドラフト7位で近鉄に入団した高塚信幸(1997近鉄7位)です。一軍で投げることはありませんでしたが、高校野球ファンには馴染み深い選手かもしれません。

彼が中学時代に所属していた和歌山シニアは、伝統的にPL学園に入学する子が多かった。私も高塚を見に行ったとき、「あ、これはPLだな。ウチよりも、もっと強い学校に行く子だ」と思ったくらいですから。それがどこをどう間違えたのか、ウチに入学してくれた。最初聞いたときも「えー? おかしいなあ?」と、監督の私が首をひねったくらいですから。

もちろん、1年生から試合で投げていました。あれは高塚が2年のとき、1996年のセンバツですね。当時、投手は高塚と、3年生で後に広島に入団した宮崎充登がいた。でも、そのときは宮崎がセンバツ前のオープン戦、つまり練習試合でスライダーを投げすぎて、腕を痛めてしまった。だから、甲子園では高塚1人で行くしかなかった。

よう投げてくれましたよ。ストレートとカーブの2種類だけで、チームを決勝まで牽引してくれたんですから。ただ、2回戦から決勝まで4日で4連投。1回戦から数えて、712球も投げさせてしまったんです。高塚の肩はもうボロボロでした。決勝の鹿児島実業戦は3-6で負けました。本当にかわいそうなことをした・・・と悔やんでも悔やみきれません。

センバツ後は「高塚を1カ月は休ませる」と、そう思っていた。ところが、4月に行われたAAAアジア野球選手権大会の日本代表に、高塚が選ばれてしまった。本来は行かせるべきではなかったのでしょうけど、当時の私は「行くな」とも言えなかった。高塚は「行けるか?」と聞かれると、無理をしてでも「行きます!」と言う子。大会でも中国戦で投げて、肩の状態を悪化させてしまった。

体の出来ていない下級生は、本来は代表に選んじゃダメなんですよ。智弁和歌山が常に投手複数制なのは、ケガ防止の理由もあるんです。高塚は投手として本当にいいものを持っていただけに、ねえ・・・。

2003年に近鉄を引退したあとは、淡路島の洲本市にある奥さんの実家のお寿司屋さんで寿司職人をしています。私も2回ほど行ったことがあります。

球数制限の取材で記者さんが取材に来ることもあるそうですが、「自分はそれとは関係ない」と話しているようですね。「投げているうちに覚えることもある」と言っていたのを、何かの記事で読んだ記憶があります。いまは地元の中学硬式野球のコーチもしている。元気にやっているそうで私も安心しています。



上の記事は智弁和歌山名誉監督の高嶋仁氏が書いたものです。

下は1997ドラフトで近鉄が指名した選手です。高塚信幸は7位指名入団。プロでの成績はこちら

近鉄の1997ドラフト指名選手
1位真木 将樹法政大投手
2位高須 洋介青山学院大内野手
3位森谷 昭仁豊川高外野手
4位吉川 元浩東農大二高投手
5位田中 祐貴杜若高投手
6位代田 建紀朝日生命外野手
7位高塚 信幸智弁和歌山高投手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 07:29│ │高校 
ドラフトニュース検索