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ドラフト選手の家庭の事情、河野竜生(JFE西日本)

2019年11月27日

11/27、日刊ゲンダイ31面「ドラフト選手の家庭の事情」より

2019日本ハムドラフト1位 河野竜生
JFE西日本・投手・動画

2014年夏の徳島大会でのことだ。当時、1年生だった河野(動画)は先発するも、5回か6回で降板するケースが多かった。入学からわずか4カ月足らず。体もできていないし、無理をさせるわけにはいかない。リードしていようと、降板はやむを得ない。本人はしかし、途中でマウンドを降りることが悔しくてたまらなかった。

「当時のことは強く印象に残っています」と、現在も鳴門高野球部の指揮を執る森脇稔監督はこう言った。

「ベンチに戻って、泣きながら自分の次に投げるピッチャーを応援するのです。涙を流しながら大声を出し、一生懸命、応援していた。とにかく負けず嫌いな子でした。1年の夏から3年連続で甲子園で投げているのですが、1、2年生のときは初戦敗退。甲子園で勝てない悔しさが、彼を成長させたと思います」

迎えた3年夏、鳴門は佐久長聖(長野)、智弁学園(奈良)、盛岡大付(岩手)を下して8強入り。河野は1、2回戦で完投するなど4試合すべてに登板した。

「体(174センチ、82キロ)が大きいわけでも、飛び抜けて体力があるわけでも、足が速いわけでもない彼が、ピッチャーのランニングでは先頭を走っていた。日々の練習は人一倍、熱心でした。負けてたまるかという気持ちが強かったのでしょう」とは森脇監督だ。

河野は徳島県鳴門市内の野球一家で育った。父・幸政さんは徳島の野球強豪校の生光学園で遊撃手だった。現在は徳島県内の運送会社で大型トラックの運転手をしている。大型の11トン車を運転、徳島県内で飲料を運ぶ仕事だ。

鳴門高ソフトボール部で遊撃手だった母・飛鳥さんは鳴門市内の運送会社に勤務、ワンボックスカーで荷物を運んでいる。河野の3歳上の兄・祐斗さんは鳴門高野球部の主将兼遊撃手で春夏合わせて4回甲子園に出場、3年春のセンバツでは選手宣誓を行った。卒業後、明治大学へ進学、現在は日立製作所でプレーしている。

河野も祐斗さんも地元の軟式野球チーム「林崎スポーツ少年団」でプレー。幸政さんは祐斗さんが小学4年のとき林崎スポーツ少年団のコーチになり、その3年後からいまも監督を務めている。

河野が「幼稚園のころからユニホームを着てちょろちょろ、グラウンドに兄(祐斗さん)の試合を見に行ったりしていた」(幸政さん)のは自然な成り行きだった。小学生になってチームに入団。本格的に投手を始めたのは小学校の高学年になってからだ。

「小学校のころは丸々と太って、お腹も出ていました(笑い)。とにかくよく食べる子で、好きな焼き肉がおかずだと、どんぶり飯2~3杯は食べてましたね。投手になってからは、とにかく『負けず嫌いになれ!』と。小学校のころはコントロールがよくありませんでしたけど、それでも腕を振って強いボールを投げろと言ってきました。たとえ3ボールからでも、球を置きにいったら叱りました。打たれても構わないから、気持ちをボールに伝えなさいと。そうでなければ守っている人たちに失礼だとね」(幸政さん)

プロのスカウトが太鼓判を押すピンチでも動じない投球について、本人は「原点は父親(の教え)」と話している。



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draftkaigi at 07:47│ │日本ハム 
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