田城飛翔(オリックス戦力外)、商社マンに転身
2022年02月05日
日刊スポーツwebsiteより (source)
元オリックス外野手の田城飛翔氏(2016ソフトバンク育成3位)が、3月から商社マンに転身する。都内に本社を置く商社への就職が内定。同社の軟式野球部員として野球を続けることも決まった。田城氏は「まるっきり野球はやめて就職しようと考え、動いたりしていたんですけど、そのときに縁があって就職が決まりました。本当に感謝です」と語った。
田城氏は、八戸学院光星(青森)から16年育成ドラフト3巡目でソフトバンクに入団。19年にはウエスタンリーグ最多108安打、同2位の打率3割7厘をマークし、支配下昇格が期待されたが20年に自由契約に。トライアウトを経て、育成契約でオリックスに入団した。
21年の春季宮崎キャンプでは育成選手でただ1人A組でスタートし支配下登録を目指したが、かなわず。2球団を通じて1軍出場経験のないまま、同年10月末に自由契約となった。オリックス球団関係者が「うちのユニホームを着た縁のある選手」と、野球を続けられる職場との縁をつないだ。
内定した会社は軟式野球部強化と同時に商社マンとして務めることを求めており、田城氏も「野球で期待されている部分はあると思うんですけど、まずはちゃんと仕事の面で会社の一員になれたら」と、人生初の会社員生活に向け緊張感を漂わせた。
ただ「父がシニアの監督を今も続けていて、硬式から軟式に変わるけど野球を続けられそうって話をしたら喜んでくれました」と親孝行もできた。
5年間のプロ野球生活を「毎日、結果のことばかり考えていました。1日1日、何打数何安打だったとか。打ってもしんどかったし、打たなくてもしんどかった。社会はもっと厳しいぞ、と言われますが、結果を気にする毎日も厳しいものでした」と振り返った。
支配下にはい上がろうともがき続けた経験が、企業人の道を切り拓くこれからの支えになる。
下は2016育成ドラフトでソフトバンクが指名した選手です。田城飛翔は3位指名入団。プロでの成績はこちら
2016ソフトバンク育成3位 田城飛翔 八戸学院光星高・外野手 |
元オリックス外野手の田城飛翔氏(2016ソフトバンク育成3位)が、3月から商社マンに転身する。都内に本社を置く商社への就職が内定。同社の軟式野球部員として野球を続けることも決まった。田城氏は「まるっきり野球はやめて就職しようと考え、動いたりしていたんですけど、そのときに縁があって就職が決まりました。本当に感謝です」と語った。
田城氏は、八戸学院光星(青森)から16年育成ドラフト3巡目でソフトバンクに入団。19年にはウエスタンリーグ最多108安打、同2位の打率3割7厘をマークし、支配下昇格が期待されたが20年に自由契約に。トライアウトを経て、育成契約でオリックスに入団した。
21年の春季宮崎キャンプでは育成選手でただ1人A組でスタートし支配下登録を目指したが、かなわず。2球団を通じて1軍出場経験のないまま、同年10月末に自由契約となった。オリックス球団関係者が「うちのユニホームを着た縁のある選手」と、野球を続けられる職場との縁をつないだ。
内定した会社は軟式野球部強化と同時に商社マンとして務めることを求めており、田城氏も「野球で期待されている部分はあると思うんですけど、まずはちゃんと仕事の面で会社の一員になれたら」と、人生初の会社員生活に向け緊張感を漂わせた。
ただ「父がシニアの監督を今も続けていて、硬式から軟式に変わるけど野球を続けられそうって話をしたら喜んでくれました」と親孝行もできた。
5年間のプロ野球生活を「毎日、結果のことばかり考えていました。1日1日、何打数何安打だったとか。打ってもしんどかったし、打たなくてもしんどかった。社会はもっと厳しいぞ、と言われますが、結果を気にする毎日も厳しいものでした」と振り返った。
支配下にはい上がろうともがき続けた経験が、企業人の道を切り拓くこれからの支えになる。
下は2016育成ドラフトでソフトバンクが指名した選手です。田城飛翔は3位指名入団。プロでの成績はこちら
ソフトバンクの2016育成ドラフト指名選手 | |||
育1 | 大本 将吾 | 帝京第五高 | 外野手 |
育2 | 長谷川 宙輝 | 聖徳学園高 | 投手 |
育3 | 田城 飛翔 | 八戸学院光星高 | 外野手 |
育4 | 森山 孔介 | 藤沢翔陵高 | 内野手 |
育5 | 清水 陸哉 | 京都国際高 | 外野手 |
育6 | 松本 龍憲 | 崇徳高 | 内野手 |
★プロ入り後の成績★ |