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ドラフト選手の家庭の事情

ドラフト選手の家庭の事情 (オリックス1位・山岡泰輔)

2016年11月16日

11/16、日刊ゲンダイ31面「ドラフト選手の家庭の事情」より

2016オリックスドラフト1位 山岡泰輔
東京ガス・投手・動画

2013年、夏の甲子園広島大会決勝は、球史に残る一戦となった。瀬戸内・山岡泰輔と広島新庄・田口麗斗(現巨人)の投げ合いは延長十五回0―0で引き分け。再試合で瀬戸内が新庄を1―0で破り、13年ぶり2度目の出場を果たす。甲子園での山岡のピッチングを動画で見たダルビッシュが「これは一番だわ」と絶賛。その名が全国に知れ渡った。

山岡が生まれ育った広島市安芸区中野には、江戸期に参勤交代から帰国した藩主を家臣が出迎えたことに由来する「出迎えの松」が残る。由緒ある地ですくすく育った山岡は中野東小2年で地元のソフトボールクラブに入った。当時の保手濱光宣監督(現中野東ソフトボールクラブ総監督)は、当時を振り返りこう語る。

「最初は外野をやらせると、上からしっかり投げるし、ボールに追いつく勘も鋭い。バットもぶれずに振る。すぐにセンスがあることがわかりました。学年が上がるにつれて内野に転向させ、投手の技術も教えました。小柄でしたが負けん気が強いというか、気性が荒く、打てるもんなら打ってみいやー、という投球スタイルです。バックがエラーすると、何しょっかあ!と文句を言うので泣き出す子もいた。私はベンチから『山岡、笑顔、笑顔!』となだめたものです」。

製薬関連の仕事をしている父・秀治さんにそのことを聞くと苦笑いしながらこう言った。

「母親(幸枝)は冷静なんですが、私も子供のころはすぐにカッとなる性格でしたから似とるかもしれません。ソフトボールをやっているときは妻がグラブに平常心と書き、高校の時は、自分でグラブの内側にスマイルマークの刺繍を入れていました」

秀治さんは「男の子が生まれたらキャッチボールをやるのが夢だった」という。そして、野球を始めたらポジションは投手か捕手をやらせたかったそうだ。

「投手や捕手は相手打者との駆け引きがおもしろいですから。小学校の時は体が小さいので投手は難しいと思っていましたが、小4の時に保手濱監督に教えてもらってピッチングの楽しさを知ったんかなと。そこは感謝しています」

山岡の自宅は秀治さんの両親と一緒に暮らす2階建ての2世帯住宅だ。

「庭は車が4~5台ぐらい置ける広さです。そこでバドミントンの羽根をバットで打ったり、正規の距離(18・44メートル)からのピッチング練習もやりました。泰輔は体も小さかったですし、中学時代はプロ野球なんてまったく頭にありませんでしたが、小学校のころからそこそこ結果を出してきたので私の方もおもしろくなって練習に付き合ったものです」.

秀治さんも山岡と同じ瀬野川中の野球部で投手をやっていた。

「高校でも野球部に入りましたが、そこには軟式しかなかった。硬式がやりたかったので熱が入らず退部してバスケット部に移りました。妻は中学の途中までバドミントンをやっていて、今は地元のチームでラケットを振っています。その影響で泰輔の2歳下の妹も中学まではバドミントン部でした」(秀治さん)

山岡は瀬野川中ではエースで1番を打った。同校野球部の曽根朋也監督がこう語る。

「私は山岡が3年生になった時に顧問になりました。彼は自主的によく走っていましたし、柔軟性を高めるためにストレッチにも時間をかけていました。当時もムチのように腕がしなる投げ方でしたね。投手でしたが左打ちで足が速かったので1番を打たせました。ベンチからサインが出なくてもセーフティーバントもする。自分の判断でプレーができる選手でした。瀬戸内高で甲子園出場が決まった時や東京ガスへ進む時も中学に挨拶に来てくれました。律義な卒業生です」。

山岡は高校へ進む際、親に相談せず自分ひとりで志望校を決めたという。

「私は公立へ行くと思っていたのですが、『瀬戸内で小川(成海監督=当時)先生とやりたい』というのです。本人が行きたいというなら反対はできません。当時の広島は広陵が強かった。泰輔は甲子園へ行きたいというより強い高校を倒したいという気持ちでした。自分でいろいろ調べてきて小川監督のいる瀬戸内高を選んだようです」(秀治さん)

オリックスの最後の優勝は96年。パの最下位球団から1位指名されたのも何かの縁だろう。



下は2016ドラフトでオリックスが指名した選手です。1位・山岡君のスカウト評はこちら

オリックスの2016ドラフト指名選手
1位山岡 泰輔東京ガス投手動画
2位黒木 優太立正大投手動画
3位岡崎 大輔花咲徳栄高内野手動画
4位山本 由伸都城高投手動画
5位小林 慶祐日本生命投手動画
6位山崎 颯一郎敦賀気比高投手動画
7位飯田 大祐ホンダ鈴鹿捕手動画
8位沢田 圭佑立教大投手動画
9位根本 薫霞ケ浦高外野手動画
育1張 奕日本経済大外野手動画
育2榊原 翼浦和学院高投手動画
育3神戸 文也立正大投手動画
育4坂本 一将BCL・石川内野手動画
育5中道 勝士明治大捕手動画


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ドラフト選手の家庭の事情 (DeNA1位・浜口遥大)

2016年11月15日

11/15、日刊ゲンダイ27面「ドラフト選手の家庭の事情」より

2016DeNAドラフト1位 浜口遥大
神奈川大・投手・動画

「学校でもグラウンドでも、普段はどこにいるか分からないくらい、おとなしくて目立たない。それが、マウンドに立つと一転しましてね。気迫があふれ、勝ち気な部分が前面に出る。例えば、試合で四球を出すでしょ。すると、マウンド上で大きな声を出したりね。自分で自分を怒るんですよ。練習中とは別人のようになりますから」。

こう言うのは、佐賀県立三養基高校の藤田敏郎野球部監督。その恩師が続けて、「試合では、すべてのアウトを自分で取ってやる、というタイプです。実際、彼が投げると最も多いのが三振、次に多いのが四球で、一番少ないのがヒットというピッチングでした」と言うのだが、幼少期からそういうところがあった。

「家庭環境が原因かもしれないですね」と、父親の顕人さんが笑う。

「遥大には2人の兄がいて、長男は高校時代に陸上の投擲競技をやっていて体重100キロ、今もサモアのラグビー選手のような体格です。次男は大学時代に総合格闘技に熱中した185センチの長身。2人とも私と一緒に中学生まで地元の空手道場に通っていましたから。遥大が家でも普段はおとなしくしていたのは、兄貴に逆らったらえらい目に遭う、と思っていたからでしょうね。ただ、2人の兄に駆けっこやテレビゲームで負けると、わんわん泣いた。3兄弟の中で負けん気は一番強い子でした」

そう振り返る顕人さんも、幼少期から空手と合気道の道場に通い、和道流空手2段の有段者。和歌山県の勝浦でマグロ遠洋漁業の網元だった家庭に育ち、県立新宮高校から進んだ宮崎の南九州大学ではボクシング部に所属して、県大会優勝の実績を持つ猛者である。

大学では造園を学び、卒業後は家業の網元を継がずに、ゴルフ関連の会社に就職。30歳になる前に独立し、ゴルフ場のコンサルタントや造成、管理を請け負う会社を起こした。

現在は自身の会社で社長業をこなす傍ら、和歌山県日高郡印南町の雄大な自然に囲まれたゴルフコースと乗馬クラブを運営する「ラ・グレースリゾート」の総支配人も務めている。ちなみに、ゴルフの腕前も相当なもので、「最高でハンディ4まで行きました。ベストスコアは68。とはいっても、もうだいぶ前の話ですけど」と顕人さん。

身長173センチと小柄ながら、MAX151キロを投げる大学ナンバーワン左腕・浜口(動画)の身体能力は父親譲りだろう。「そうだと思います」と話を引き取るのは、顕人さんと同じ新宮高校を卒業した、母の真美さんだ。

「私は子供の頃からスポーツには縁がなく、高校時代は吹奏楽部に所属していました。はい、完全に文化系です。でも、主人も上の兄2人も球技はぜんぜんダメ。近所のお兄さんの影響で始めた野球で遥大がこういうことになるなんて、お世話になった指導者の方々のおかげだと思います。子育ての苦労? いやいや、よそさまのご家庭と同じで、特別な苦労はありませんでした」

控えめにそう笑うものの、顕人さんによれば、「私は今も佐賀の自宅を離れて、和歌山で単身赴任中。仕事の都合上、単身赴任生活はかれこれ延べ30年くらいになりますかね」というから、男3兄弟を育て上げた母の力は偉大なり。

神戸市の垂水区に居を構えていた21年前、兵庫県南部を襲った阪神・淡路大震災に遭ったときも顕人さんは九州に単身赴任中だった。浜口はまだ母のお腹の中で、出産予定日を2カ月後に控えていた中での被災だった。それをきっかけに九州に移り住み、現在の佐賀県に一軒家を建てたのが20年前になる。

「ドラフト1位といっても、まだプロのスタートラインに立っただけですからね。親としては、春のキャンプで力を認めてもらい、一軍で何勝かしてやっとホッとできるんじゃないかな、と。勝負はこれからでしょう」。顕人さんの言葉は、そのまま負けず嫌いの三男坊へのエールになる。



下は2016ドラフトでDeNAが指名した選手です。1位・浜口君のスカウト評はこちら


DeNAの2016ドラフト指名選手
1位 浜口 遥大 神奈川大 投手 動画
2位 水野 滉也 東海大北海道 投手 動画
3位 松尾 大河 秀岳館高 内野手 動画
4位 京山 将弥 近江高 投手 動画
5位 細川 成也 明秀学園日立高 外野手 動画
6位 尾仲 祐哉 広島経済大 投手 動画
7位 狩野 行寿 平成国際大 内野手 動画
8位 進藤 拓也 JR東日本 投手 動画
9位 佐野 恵太 明治大 内野手 動画
育1 笠井 崇正 BCL・信濃(早大) 投手 動画


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ドラフト選手の家庭の事情 (日ハム1位・堀瑞輝)

2016年11月12日

11/12、日刊ゲンダイ46面「ドラフト選手の家庭の事情」より

2016日本ハムドラフト1位 堀瑞輝
広島新庄高・投手・動画

「トンビがタカを生んだとよく言われます」。(動画)の父・広島県呉市出身の義和さんはこう言って笑う。高校卒業後、専門学校へ。20歳で神奈川県のコンピューター関連の企業に就職するも、バブルがはじけた影響で退職。25歳で呉に戻り、大手不動産会社に就職した。

働きながら「宅地建物取引主任者」や「二級建築士」などの資格を取り、現在は営業にも現場にも携わる。「中学時代に陸上を少しやってましたけど、特に運動は・・・。親きょうだいや親戚にアスリートですか? いや、それが全く・・・」と義和さんは話す。

呉市内のスーパーでパートをしている母・直美さんは生後、右利きに直されたが、もともと堀と同じ左利き。しかし、学生時代、運動で目立った経験はなかった。

「アトピーで腕とか顔がかさかさするようになったこともあり、運動をした方がよいと思って3歳から水泳をやらせたのです。小3で始めた野球はわたしがカープファンなので。瑞輝は丸刈りが嫌でサッカーがいいと言ったのですが、地元の軟式チームは丸刈りにしなくてもよかったのです」。

昭和中学校では野球部に所属。野球はあくまでクラブ活動の一環に過ぎなかったが、「近所の野球を教えてくださる方のおかげで結果が出るようになり、面白くなったのでしょう。高校に行ってからは迫田監督のおかげです」と、義和さんは言う。

好きこそものの上手なれ。三振が取れるようになれば、もっと取りたいという欲が生じる。そこで正しい努力ができるかどうかが分岐点。転機で正しい方向に進むためのヒントは、義和さんが与えていたようだ。

「自分なりの身近な目標を立てて、それを順番にクリアさせていければいいかなと。例えば瑞輝が3歳のとき、大山(鳥取県・標高1729メートル)に行ってみようやと、頂上まで連れていった。小学4年から3年間は富士山(標高3776メートル)へ。今度は日本で一番高い場所からの景色を見てみようと。しまなみ海道(全長約60キロ)を自転車で渡ったりもしました」と、義和さんはさらにこう続ける。

「とにかく人の話はしっかり聞きなさいと。話をきちんと最後まで聞いた上で、正しい、自分に合っていると判断したものは取り入れなさいとは言いました。小学校のときは、にわかコーチのような人がたくさんいて、いろいろなアドバイスをもらっていたようなので」

広島新庄高野球部の迫田監督はこう言った。

「入学した時点で130キロくらいの球を投げていました。ただ、球が速いだけ。田口(3学年上で現巨人)は最初から牽制もフィールディングもできたけど、堀はどちらもダメ。できる子は最初からみなできるものですが、堀は違った。努力で克服した。ひとつ教えれば、あれこれ言わんでも、何が必要かを考え、自分で練習してものにした。アタマがいいんでしょうな。高校時代にあれほど伸びた子は珍しい。伸びシロは田口よりあるんじゃないでしょうか」。

両親は一人っ子の息子に「瑞々しく輝いて欲しい」という願いを込めて「瑞輝」と名付けた。その名の通り、輝く日は意外と近いかもしれない。



下は2016ドラフトで日本ハムが指名した選手です。1位・堀君のスカウト評はこちら

日本ハムの2016ドラフト指名選手
1位堀 瑞輝 広島新庄高投手動画
2位石井 一成 早稲田大内野手動画
3位高良 一輝 九州産業大投手動画
4位森山 恵佑 専修大外野手動画
5位高山 優希 大阪桐蔭高投手動画
6位山口 裕次郎 履正社高投手動画
7位郡 拓也 帝京高捕手動画
8位玉井 大翔 新日鉄住金KM投手動画
9位今井 順之助 中京高内野手動画


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ドラフト選手の家庭の事情 (ロッテ1位・佐々木千隼)

2016年11月11日

11/11、日刊ゲンダイ27面「ドラフト選手の家庭の事情」より

2016ロッテドラフト1位 佐々木千隼
桜美林大・投手・動画

「都立の星」。プロを目指す球児の多くが私立の強豪校に進む一方、佐々木(動画)が通ったのは東京都下の日野第八小学校、三沢中学校、日野高校と、桜美林大学以外はすべて公立。生まれも育ちも日野というごく普通の子供で、高校の成績も「クラスで40人中20番目」(本人)と真ん中だったが、野球の才能は非凡だった。

少年野球時代の恩師、日野イースタンジュニアの石阪誠代表は「初めから試合運びがうまく、相手の4番打者には気合を入れる一方で、下位打線には手を抜いて投げるなど、1試合を投げきるための組み立てをしっかりしていた。小柄な体形と名前から『ちい』と呼ばれていましたが、体のバネと丈夫さは一級品でした」と話す。

小学校2年から現在までの15年間、同じ学校で野球を続け、高校まで捕手としてバッテリーを組んでいた桜美林大の吉野広輝は「走るのも打つのも1番じゃないと気が済まないタイプで、実際に全部トップでした。負けず嫌いで完璧を追い求める気持ちが強い分、うまくいかないことがあると、よく泣いていました。サッカーをやめて野球に来たときも泣いていた」と明かす。

野球を始めたのは長兄・朋也さん、次兄・郁也さん2人の兄の影響だった。小学校1年まではサッカーに夢中だったが、兄にくっついて野球をやるうちにその魅力にとりつかれた。兄が4歳から自転車に乗り始めれば、負けず嫌いが出て2歳からサドルにまたがり、3歳になると自ら補助輪を外したという。

2人の兄は、共に会社員。朋也さんは今年結婚して家を出ており、郁也さんと両親の4人で実家に暮らしている。

実家は日野市落川にある閑静な住宅街の一軒家。管理栄養士として企業の社員食堂などの献立作りの仕事に従事する母の浩子さんが一家を支えている。末っ子として自由に育った佐々木に、吉野が手を焼くこともあったという。

「公園で待ち合わせな、と言って佐々木が別の公園に行ってしまい、2時間くらい待っていたこともあります。おかげで器が大きくなりました、ハハハ。昔から(佐々木の)お兄ちゃん2人はすごく優しくて、だからこうなっちゃったのかな」。

自由奔放な性格は本人も自覚しているようで、「小学校から吉野がキャプテンをやることが多かったんですが、キャプテンが決める練習メニューに文句をつけたり、『その練習は一切やらない』と言って、知らん顔して好き勝手やっていた。あまりガッツリやるのが好きじゃなくて、ゆる~いところでやりたかった。ゆとり(世代)なので」と自己分析。

酒が苦手とはいえ、チーム全体の打ち上げ以外には顔を出さないと言い、「普段は飲む必要がないし、飲んで騒いでケガにつながったら意味がない」とストイックな一面も。

日野高時代に140キロだった球速は、大学で最速153キロにまで伸びた。ドラフトでは1位指名が確実といわれていたが、フタを開けてみると「外れ1位」で史上最多の5球団が指名。このときの心境を聞くと・・・。

「正直、1巡目で呼ばれるかなと思っていた。けど、“いの一番で佐々木にいこう”とならなかったのが現実。それが今の自分の実力なんだと受け止めて、今後の糧にしないといけない。ロッテではまずローテに入りたい。大学と違ってプロは分業制、投げる場所にこだわりはない。先発じゃなくても、投げろと言われたところで投げたい」

好きな選手はレンジャーズのダルビッシュ有。「目標とは違うけど、見ていて楽しい選手なので好きです」。ロッテで結果を残せば、メジャーの道も夢ではない。



下は2016ドラフトでロッテが指名した選手です。佐々木千隼のスカウト評はこちら

ロッテの2016ドラフト指名選手
1位佐々木 千隼桜美林大投手動画
2位酒居 知史大阪ガス投手動画
3位島 孝明東海大市原望洋投手動画
4位土肥 星也大阪ガス投手動画
5位有吉 優樹九州三菱自動車投手動画
6位種市 篤暉八戸工大一高投手動画
7位宗接 唯人亜細亜大捕手動画
育1安江 嘉純BCL・石川投手動画
育2菅原 祥太日本ウェルネス大投手動画


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ドラフト選手の家庭の事情 (広島1位・加藤拓也)

2016年11月10日

11/10、日刊ゲンダイ31面「ドラフト選手の家庭の事情」より

2016広島ドラフト1位 加藤拓也
慶応大・投手・動画

最速153キロ。広島ドラフト1位の加藤拓也(動画)の身体能力は母親譲りだ。富山出身の母・裕子さんは学生時代、水泳一筋。個人メドレーが本職ながら、中学時代は400、800メートル自由形で全国優勝の輝かしい実績を持つ。

東京・池袋のスイミングスクールから声がかかったため、中学卒業後に上京。東京の高校に通いながら、高校2、3年時はインターハイの200、400メートル個人メドレーで全国制覇した。裕子さんがこう振り返る。

「15歳で親元を離れ、水泳しかやっていません。本気でモントリオール五輪(76年)を目指していました。選考会は優勝したんですが、記録が届かずに五輪へは行けなかったんです」

その後、特待生として東京の大学に入学。1、2年時にインカレで全国優勝し、400メートル個人メドレーで歴代2位(当時)の記録を打ち立てたものの、五輪への気持ちはすでに切れていた。「あの頃の女子水泳界は、20歳を過ぎたらおばさんですから(笑い)。自分の中では大学2年生で全国優勝して一区切りという気持ちでした」(裕子さん)

大学卒業後は水泳のインストラクターとなり、東京五輪のアイドル選手だった木原光知子氏(故人)が経営するスイミングクラブで働いたこともある。その後、独学で調理師の資格を取得。50歳を過ぎてから転職し、現在は調理師として都内の病院に勤務している。早番の際は朝4時に起床。6時から午後の2時までの勤務体系で遅番もある。

父・弘志さんは野球経験がない。「ノムさんの本を読んだりして野球を勉強しましたね。リトルとシニアでは審判をやっていました」とこう続ける。「拓也は勉強の息抜きのために野球をやっていた感じです。塾には行ってませんでしたが、中学の杉並シニアの時なんか、ちょっとした時間でも車のライトを頼りに参考書を開いたりしていましたね。勉強が好きな子でした」。

中学時代の成績はほぼオール5。偏差値は70を超える。弘志さんがこう言う。「塾高(慶応高校)には中学の日本代表とか、他に凄い子がいましたが、上田さん(当時の監督)が拓也の個性を伸ばしてくれて感謝してもしきれません」。加藤は慶応高校から慶応大学の法学部政治学科に進み、現在に至る。

もう一人、家族揃って感謝するのが姉・絵里さん(26)だ。大学時代に理工学部で物理学を専攻。現在は都内の中学校で理科の教員をしている。

「金銭的に苦労をかけたせいで、絵里が毎月サポートしてくれました。月に10万円弱ですか。拓也を塾高に行かせるために学費が免除になる大学に行ってくれたり、いろいろなことを犠牲にしてくれました。拓也が無事に卒業できるのも、お姉ちゃんのおかげです」(弘志さん)

慶大の大久保秀昭監督は「一言で言うとタフな投手。(監督就任前に)上(スタンド)から見ている頃は『態度が悪いな』と思いました。しかし、中に入ってみたら違いました。強い球が投げたい、いい変化球が投げたい、とストイックに野球を追究している。シャイな性格だから、勘違いされることもある。言葉でナインを鼓舞するタイプではありませんが、物事を理路整然と説明できる。自分が何をすべきか分かっている。そんな頭の良さが彼の武器です」と話す。

今後は大きな武器である「頭」も駆使して家族に恩返しする。


下は2016ドラフトで広島が指名した選手です。1位・加藤君のスカウト評はこちら

広島の2016ドラフト指名選手
1位 加藤 拓也 慶応大 投手 動画
2位 高橋 昂也 花咲徳栄高 投手 動画
3位 床田 寛樹 中部学院大 投手 動画
4位 坂倉 将吾 日大三高 捕手 動画
5位 アドゥワ 誠 松山聖陵高 投手 動画
6位 長井 良太 つくば秀英高 投手 動画


draftkaigi at 07:24|この記事のURL

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