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あのドラフト選手は今・・・

あのドラフト選手は今、土井健大(ドラフト5巡目)

2019年02月19日

デイリースポーツ20面「あの人~ネクストステージ」より

2006オリックス高校ドラフト5巡目 土井健大
履正社高・捕手

オリックス、巨人でプレーし、社会人野球も経験した土井健大さん(2006オリックス5巡目)。履正社時代に高校通算43本塁打を放ち“浪速のミニラ”として注目された強肩強打のスラッガーは、昨年10月に東大阪大柏原の硬式野球部監督に就任。同校にとって2011年夏以来となる甲子園出場を目指して日々奮闘中だ。

生駒おろしが吹き下ろすグラウンドに元気のいい声が響く。「声が小さい」、 「行ける!捕れる!」、 「適当に投げんな!」

新監督は1球1球心を込めてノックバットをふるう。部員も元気ハツラツ。同校の寺川誠校長も「(一昨年12月のコーチ就任時と比べて)選手の表情が違っている。野球部が変わった」と目尻を下げる。2月6日にはグラウンドの土の入れ替えも完了するなど、土台づくりの舞台は整った。

プロで培った技術を指導する一方で「一流の選手である前に一流の高校生であること」を重視。「目標を持つ」「自己管理」など16カ条の部訓を掲げ、毎日のミーティングで確認する。コーチ就任後、最初に取り組んだのは食トレ。昼食は毎回全員でごはん700グラムをとり、チーム平均で7キロ体重が増えた。

自身は兵庫・芦屋市出身。高校進学時に履正社を選んだのは、6歳上の兄が大阪大会決勝で敗れた悔しさを晴らすためだった。2年春にセンバツに出場。通算43発を放ち、1歳上に“浪速のゴジラ”岡田貴弘(2005オリックス1巡目)がいたことから“浪速のミニラ”と呼ばれた。

「負けず嫌いだったので、あの人より目立ってやろうと。だから練習も必死でやりました」。06年ドラフト5位でオリックス入団。フレッシュオールスターにも選ばれながら、4年目オフに戦力外通告を受けた。

「須磨の海岸で海を眺めた」と落ち込んだが、ひたむきに取り組む姿勢と元気さを買われ、当時巨人の川相昌弘2軍監督から育成選手として声を掛けられた。

12年からはブルペン捕手。彩未さんと結婚し、安定した道を選ぼうとしたが、現役への未練を断ち切れずに14年から社会人野球のミキハウスREDSに。さらに、軟式野球の大阪シティ信用金庫でもプレーした。

巨人時代については「最後に東京ドームに呼ばれた」と花道を用意してくれたことに感謝。ミキハウスでは、肉離れで「初めて絶望感を味わった」。大阪シティ信用金庫では今回の監督就任に繋がる出会いがあり「トーナメントの厳しさと、ひたむきに野球に取り組む姿勢に心を打たれた」と言う。

「そんな経験を部員に伝えたい。人との出会いがすべて。いい人に会うためには、自分の心がきれいじゃないと」。もちろん負けず嫌いは変わらない。(以下略)



下は2006高校ドラフトでオリックスが指名した選手です。土井健大は5巡目指名入団。プロでの成績はこちら

オリックスの2006高校ドラフト指名選手
1巡目延江 大輔瀬戸内高投手
2巡目指名権なし
3巡目梅村 学人三重高投手
4巡目仁藤 拓馬島田商高投手
5巡目土井 健大履正社高捕手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、蕭一傑(ドラフト1位)

2019年02月18日

2/18、デイリースポーツ2面「トラ番25時」より

2008阪神ドラフト1位 蕭一傑
奈良産大・投手

数日前の朝、携帯メールの着信音が鳴った。「17日、行きますね!!」。相手は08年度ドラフト1位で阪神に入団し、昨年限りで現役を引退して現在は日本ハム・王柏融の通訳を務める蕭一傑氏(2008阪神1位)だった。入団時からドラ1担当として長く取材した選手。チームを離れた13年以来6年ぶりの再会だ。

練習試合後。通路で待っていると、少しほっそりとした笑顔に会えた。握手は両手。奈良産大時代の恩師の言葉を思い出す。「日本人より日本の心を持ったやつですよ」。幼少期、台湾で甲子園中継を見て、日本の野球に憧れを抱いた。通訳での復帰。変わらない姿がうれしかった。

「阪神はどうですか?。雰囲気が変わりましたね」。かつてつけていた19番を背負い、藤浪が日本ハム打線に投げる。その姿をベンチで通訳として見届けた。「阪神の選手には頑張ってほしいですね」。4年間在籍した古巣を思う。第2の人生は始まったばかりだ。



下は2008ドラフトで阪神が指名した選手です。蕭一傑は1位指名入団。プロでの成績はこちら

阪神の2008ドラフト指名選手
1位 蕭 一傑 奈良産大 投手
2位 柴田 講平 国際武道大 外野手
3位 上本 博紀 早稲田大 内野手
4位 西村 憲 九州産業大 投手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、古野正人(ドラフト6位)

2019年02月09日

2/9、デイリースポーツ4面より

2011ヤクルトドラフト6位 古野正人
三菱重工神戸・投手

効率のいい練習、密度の濃い練習、内容のある練習を実現させるためには、日頃からチームを支える裏方の存在が欠かせない。古野打撃投手(2011ヤクルト6位)もその1人。今季から虎の一員として、チームを熱血サポートしている。

選手だった昨年までとは違う立場で迎えた春季キャンプ。「右も左も分からない中で、今はいろいろと覚えていっています。分からない中でも、いいサポートができるように心掛けている」。

仕事は打撃投手だけでなく山ほどある。8時30分に早出練習を手伝うために球場入り。ティー打撃などを行う選手への球出しやノックの送球相手を務める。全体練習でノックが始まれば、送球の捕球役やたまったボールをノッカーへ運ぶなどグラウンドを駆け回っている。

福留や糸井らの打撃練習が開始される12時半からが本職。その後に続くチーム全体の打撃練習にも登板し、1日200球以上は投げ込む。「いい球をストライクゾーンに投げないといけない」。思い切り腕を振ることを考えていた現役時代とは異なり、打者に気持ちよく打たせることを考えながら投球しているという。

キャンプインから1週間が過ぎ、体はすでに筋肉痛。「立ちっぱなしなので、足の裏とかパンパンです。慣れていないからすごくきつい」と苦笑い。練習後にはストレッチなどを行い、古傷の右肩を痛めないように寝方には気をつけている。

「優勝したら阪神に入って本当によかったと絶対に思うでしょうし、チームのみんなもその目標に向かってやっている。しっかりサポートしていきたい」。14年ぶりの頂点へ。裏方としてチームを懸命に支えていく。



下は2011ドラフトでヤクルトが指名した選手です。古野正人は6位指名され入団。プロでの成績はこちら


ヤクルトの2011ドラフト指名選手
1位 川上 竜平 光星学院高 外野手
2位 木谷 良平 日本文理大 投手
3位 比屋根 渉 日本製紙石巻 外野手
4位 太田 裕哉 日本製紙石巻 投手
5位 中根 佑二 東北福祉大 投手
6位 古野 正人 三菱重工神戸 投手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、金子誠一(ドラフト3位)

2019年01月22日

1/21、西日本スポーツ16面より

1988阪神ドラフト3位 金子誠一
本田技研和光・外野手

191センチ、100キロの体格を誇る大型スラッガーとして「和製カンセコ」と呼ばれた選手がいる。元阪神外野手の金子誠一氏(1988阪神3位)。引退後「野球のプロから保険のプロ」を目指して転身した金子氏は、現在、大阪市内で保険代理店「FPスタジアム」の社長を務めている。

社員8人でスタートした会社は、故郷の仙台など6ヵ所の営業所を持つまでに成長。オリックスのT-岡田選手の場外弾による事故に最高1億円(翌年は倍額)が支払われる賠償責任保険を球団と結んで話題を呼んだこともある。

88年のドラフト3位でプロ入りし、5年目の93年には101試合に出場。しかし95年に31歳の若さで戦力外通告を受けた。慢性化した腰痛のため野球を続ける道はなかった。

心配した東北高時代の仲間から「ソニー生命の話を聞いてみないか」と声をかけられたのが転機に。断るつもりで出向いた先での出会いで入社を決意。同社に10年間勤めた後、独立していた先輩の下で働き、自分の会社を興した。

「プロ生活が中途半端で早く終わったからこの仕事に巡り合った。40代だったらできなかったと思う」と振り返る。業界では営業一筋。「カンセコ」の名前が話の糸口になったこともあるが、「この間までプロ野球やってたのに保険のことなんか分からんやろ」と追い返されたこともあったという。

それでも、自身に課した約束事である「自分から人に寄っていって相手に自分を判断してもらう」を実践し続けた。着飾ったセールストークではなく、自然体で体当たりしていった結果、人脈は広がっていった。今なお、フットワーク軽く、顧客対応に動く社長は「お前、元プロ野球選手らしくないなと言われることは僕にとっては褒め言葉なんです」と笑顔を見せる。

ここ数年、戦力外選手のトライアウトの場に、企業がスカウトに訪れることが話題だ。「野球をまだ続けたいと思ってる人たちだから、僕はあの場所には行けない」と話すが、温めている思いがある。「元プロ野球選手を保険の仕事で育てたいんです。いつか一緒に仕事をできたら」。野球とは別の天職を見つけた先輩として後に続く人材を待っている。



下は1988ドラフトで阪神が指名した選手です。金子誠一は3位指名入団。プロでの成績はこちら

阪神の1988ドラフト指名選手
1位中込 伸神崎工高投手
2位鶴見 信彦三菱自動車川崎内野手
3位金子 誠一本田技研外野手
4位岩田 徹三菱自動車水島捕手
5位渡辺 伸彦常石鉄工投手
6位鮎川 義文星城高内野手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、鈴木将光(ドラフト1位)

2019年01月15日

1/15、西日本スポーツ18面より

2005広島(高校)ドラフト1巡目 鈴木将光
遊学館高・外野手

広島市のMSH医療専門学校男子野球部の野手総合コーチを務める鈴木将光さん(2005広島1巡目)と、同校女子野球部監督の野々村(鈴木)聡子さんは、2人が元プロ野球選手という夫婦だ。

鈴木さんは2005年度高校生ドラフト1位で広島に外野手として入団、15年オフに戦力外通告を受けた。10年間で通算2安打のプロ生活を「ケガに始まってケガに終わったんで悔いが残っています」と振り返った。第二の人生は「体について勉強しようかなと思った」と16年春から鍼灸師を目指し、専門学校の夜間過程に入学した。

野々村監督は日本女子プロ野球機構初年度の10年から兵庫で2年間プレー。退団後はMSH医療専門学校に入学し柔道整復師の資格を取得するとともに、女子硬式野球部設立に尽力した。卒業後は同校の教壇に立ちながら初代監督として指揮を執っている。

2人は鈴木さんが現役時代の14年から交際し、16年暮れに結婚。その縁もあって18年春から鈴木さんが男子野球部のコーチに就任した。夫婦そろって同じ学校の男女野球部を指導するが、鈴木さんは「練習場も違うし、一緒に教えているという感じはないです」と言う。

2月に鍼灸師の国家試験があるため、午前中は自宅で勉強。午後から野球部の指導、そして夜は専門学校で授業を受け、帰宅は午後10時を過ぎる。野々村監督は午前中は教壇に立ち、午後は野球部の指導、夜は勉学に励む夫の帰りを待つ、すれ違い生活が続いている。

それでも2人は野球を通じて心を一つに結婚生活を送る。鈴木さんが「コーチングとか選手の性格などを聞く」と言えば、野々村監督は「NPBという頂点で野球をしてきた人なので、野球全般的に聞きます。教え方や技術的なことなど」と言う。

将来について鈴木さんは「最終的には治療院を出して野球塾を開きたい。オフはプロ野球選手の練習も手伝いたい」と語った。そばで野々村監督は「柔道整復師の資格もありますし、主人を手伝えたらいい。女子野球にも携わっていけたらと思います」。現役生活を終えても夫婦で野球を追い掛ける人生は、楽しそうだった。



下は2005高校ドラフトで広島が指名した選手です。鈴木将光は1巡目指名入団。プロでの成績はこちら

広島の2005高校ドラフト指名選手
×片山 博視  
1巡目鈴木 将光遊学館高外野手
2巡目今井 啓介中越高投手
3巡目斉藤 悠葵福井商高投手
4巡目相沢 寿聡太田市商高投手
プロ入り後の成績


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