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あのドラフト選手は今・・・

ヤクルトドラフト外入団選手、埼玉県知事に出馬表明

2019年06月19日

6/19、サンケイスポーツ21面より

1984ヤクルトドラフト外 青島健太
東芝・内野手

元プロ野球・ヤクルト内野手でスポーツライター、青島健太氏(1984ドラフト外)が18日、さいたま市内で会見を行い、埼玉県知事選(8月8日告示、同25日投開票)に無所属で立候補することを表明した。

ヤクルト時代、同球団初の公式戦初打席で本塁打という鮮烈なデビューを飾ったが、61歳で飛び込む新たな世界へは真逆の態度で覚悟のほどを表明した。「知事選という球を、センター前に真っすぐ打ち返す。初打席でホームランとはいえないが、手堅く、死球でも四球でも、どんなことがあっても一塁にたどり着きたい」

ヤクルト時代の1985年5月11日の阪神戦では、同球団初の公式戦初打席で本塁打を放ち、鮮烈なデビューを飾った青島氏。初挑戦の選挙戦について、当選を目指す覚悟を「一塁にたどり着く」と表現した。

新潟市に生まれ、6歳から埼玉県草加市育ち。慶大法学部政治学科出身で、今年に入ってから「私なら埼玉県をどうするのか」と知事選を意識し始めた。昨年からスポーツ関係の会合で自民党関係者らと接触してきたことが下地になり、13日に自民党埼玉県連から出馬要請を受けた。無所属で出馬するが、推薦を受ける見通し。

会見では「埼玉県が大好き。これほどやりがいのあるチャレンジはない。ひるまずに前に進んでみようと決意した」と元気にアピール。「青島県政」について「仕事で意識してきたのは、スポーツをどう社会の中で役立てるのかということ。それが一番ダイナミックにやれるのは行政」と健康な地域社会づくりを掲げた。

また、来夏の東京五輪・パラリンピックなどを踏まえ、「メダリストではなくても、地域への貢献などで活躍するアスリートを表彰したい」と「埼玉フェアプレー賞」の創設を口にした。一方、政治や行政の実務経験がないことを危惧する声に対しては「政治経験がないことを私の武器にしたい。しがらみなく真っすぐに物事が見られる」と強調した。

知事選を巡っては、現在4期目の上田清司氏が15日に不出馬を表明。大野元裕参院議員と、希望の党を離党した行田邦子参院議員が立候補を表明している。大野氏は18日、国民民主党に離党届を提出した。大野氏は青島氏にとって、慶大4年時に教育実習を務めた慶応高1年のクラスで、日本史を教えた元教え子。



青島健太は1984ドラフト外でヤクルトに入団。プロでの成績はこちら



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あのドラフト選手は今、矢貫俊之(ドラフト3位)

2019年06月07日

6/7、スポーツ報知2面「ジャイアンツ日記」より

2008日本ハムドラフト3位 矢貫俊之
三菱ふそう川崎・投手・25歳

巨人の元投手で現球団広報の矢貫俊之氏(2008日ハム3位)が、懐かしそうに振り返った。

「僕にとって思い出の地なんです」。
ここ楽天生命パークは日本ハム時代の12年8月15日の楽天戦で初回1死から緊急登板し、2年ぶりの白星を手にした地。同日には母校・仙台育英も甲子園で2回戦突破も決めた。「母校の仙台育英も頑張っていたので僕も負けないように・・・」というお立ち台でのセリフまで鮮明に覚えていた。



下は2008ドラフトで日ハムが指名した選手です。矢貫俊之は3位指名され入団。プロでの成績はこちら


日本ハムの2008ドラフト指名選手
1位 大野 奨太 東洋大 捕手
2位榊原 諒関西国際大投手
3位矢貫 俊之三菱ふそう川崎投手
4位土屋 健二横浜高投手
5位中島 卓也福岡工高内野手
6位杉谷 拳士帝京高内野手
7位谷元 圭介バイタルネット投手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、片山大樹(ドラフト4位)

2019年05月30日

デイリースポーツ3面「密着仕事人」より

1992阪神ドラフト4位 片山大樹
徳山商高・捕手

典型的な裏方稼業と言っていいだろうか。片山ブルペン捕手(1992阪神4位)は自身の左手の人さし指を見ながら、柔和な笑みを浮かべた。

「ほぼ死んでいますね(笑い)。これでご飯を食べているようなもの。この1本でね」。今季でブルペン捕手19年目。人さし指は太く腫れ上がり「冬は冷たくなる」と笑うほど感覚はない。阪神の投手陣を支え続けてきた男の勲章だ。

92年度ドラフト4位でプロ入りするも1軍出場機会はなかった。00年に現役引退。「きれいな言い方をすれば、現役8年間チームに貢献できなかった。ここからは働かないとアカンという気持ちで入ったのは覚えています」。翌年から現職を務めている。

春季キャンプでは1日の大半をブルペンで過ごす。シーズンでは正午頃に球場入りし、1日約200球を受ける。試合前は先発投手のブルペン投球を受け、試合中はブルペンで中継ぎ投手の準備をサポートする。

「選手から聞かれたら自分の思っていることを伝えるだけ。聞かれないのに、ここはこうだよとかは言わない。僕はピッチャーのいい時の状態を頭に入れている。それが悪くなってきたら、いい時はこうだったよと」

若い頃、ブルペンでは皆が先輩だった。だが、自分が年上となり、現在の投手陣は若手の台頭が目立つ。「僕に言いづらいこともあると思う。そういうのをなくして、大樹さんお願いします、と来る。そういうのを大事にしたい。積極的に若い子と話をして、たまにはご飯に行ったり」。細やかな気配りで信頼関係を構築している。

捕球時に声を出すのが自身のスタイル。その原点は、意外なものだった。「18歳の頃、キャッチングがめちゃくちゃ下手くそで、(捕球時に)パス、パス言っていて。恥ずかしいから最初、パチンって(声に出して)言っていた。そこから癖になって」

00年の日米野球には、ブルペン捕手として参加。志願してダイヤモンドバックスなどで活躍したランディ・ジョンソンの球を受けた。捕球の度に「オイ」と声を出し、左腕から「サンキュー、ミスター・ホイって言われてね(笑い)」。何物にも代えがたい経験は貴重な財産として胸にしまっている。

やりがいを感じるのは、球を受けた投手がマウンドで輝く瞬間。「自分が(球を)受けてグラウンドに出したピッチャーが活躍するのが一番うれしい。全員が全員、活躍できるわけではないけど、精いっぱい僕らもサポートできたら。(投手の)全員が活躍してくれればいい」。自然と口調は熱を帯びた。

「優勝しないとダメやと思っていますね。優勝したい。僕らも一緒に戦っていると思っている。何とかいい結果が残せるように、どれだけ手伝いができるか」。長年の経験を伝え、選手とともに悲願へ歩んでいく。



下は1992ドラフト会議で阪神が指名した選手です。片山大樹は4位指名入団。プロでの成績はこちら

阪神の1992ドラフト指名選手
1位安達 智次郎村野工高投手
2位竹内 昌也NTT東北投手
3位米村 和樹熊本商大付高投手
4位片山 大樹徳山商高捕手
5位山本 幸正堀越高投手
6位塩谷 和彦神港学園高捕手
7位山下 和輝プリンスホテル外野手
8位豊原 哲也小倉東高外野手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、西田直斗(ドラフト3位)

2019年05月06日

5/6、西日本スポーツ18面より

2011阪神ドラフト3位 西田直斗
大阪桐蔭高・内野手

サンプル生地を入れたキャリーバッグを持ち歩く。注文を受ければ自らメジャーで客の寸法を測る。昨季限りで現役引退した元阪神内野手の西田直斗氏(2011阪神3位)オーダースーツの訪問販売を自営している。

衣料業界とは縁があった。「両親と姉がアパレルでして」。家庭環境も影響して幼少時から磨かれたファッションセンス。スーツに着目したのは現役時代の経験からだ。「(遠征の)移動の時に着ていて、ジャージーやスエットのような伸縮性のあるスーツがあったらいいのにと」。

現役引退から今年3月まで、知人に紹介してもらった生地を扱う店などに足を運び修業を重ねた。野球漬けの日々と違う生活に苦労を覚えることも。それでも、今もしっかりと胸に残るものは矢野燿大監督からの言葉。昨年、2軍監督として指導してくれ、第2の人生へ歩もうとする時に激励のメッセージを送られた。

「矢野さんからLINEをもらいまして。試合前の声だしをメインでやっていたのが僕で、その感じで頑張ったらいい方向に行く。頑張ってくれ、と」。戦力外通告を受けたのは昨年10月6日の夜。宮崎でのファーム選手権で日本一を決めた直後だった。将から届いたエールが西田氏の支えとなっている。

当時のチームスローガン超積極的が今も生きる。「三振しても、なんで三振したんやとか絶対に言わない。そんな暇があるなら次を考えよう、という監督」。ミスを引きずらず未来に目を向けることが大事だと教えられた。

トライアウトを受験したのは両親らに最後のプレーを見せたかったから。社会人からオファーも来た。それでも違う道に進むと決めた。「野球と同じ。好きなことを仕事にできて幸せ」。生き生きとする姿はタテジマのユニホームを着ていた時と同じだ。



下は2011ドラフトで阪神が指名した選手です。3位指名・西田直斗のプロ入り後の成績はこちら

阪神の2011ドラフト指名選手
1位伊藤 隼太慶応大外野手
2位歳内 宏明聖光学院高投手
3位西田 直斗大阪桐蔭高内野手
4位伊藤 和雄東京国際大投手
5位松田 遼馬波佐見高投手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、下窪陽介(ドラフト5巡目)

2019年04月05日

4/4、スポーツニッポン4面より

2006横浜ドラフト(大社)5巡目 下窪陽介
日本通運・外野手

自信と負けず嫌いは、23年たっても変わらない。「正直、負ける気、打たれる気はせず甲子園に入ってました。みんなも思っていた。俺たち凄いなって。いつの間にか終わっていた感じです」

1996年の春、5試合45回完投、553球を投げ25安打、19三振、7失点で鹿児島県初の日本一を達成したV腕、下窪陽介さん(2006横浜5巡目)は少しにやけた。

最速142キロの直球と消えると言われた縦、横スライダー、カーブで春夏連続出場。大学からの野手転向で社会人6年、プロ4年を「負けたくない思いだけでやってきた」と言う下窪さんは今、市町村単位でお茶の生産量日本一の故郷・南九州市頴娃町にいる。

15年から祖父・勲さん創業、父・和幸さんが74年に設立した「下窪勲製茶」の販売、営業担当としてほぼ無休で国内を飛び回っている。勝負球は県公認のかごしま茶ブランドに認定されている知覧茶となったが、当然自信はある。

「お茶は奥が深く、知らないことばかりですが一番、売り上げで勝ちたい。野球で言う伝統校に勝つ大阪桐蔭のような新興勢力を目指しています。賞や品評会などで日本一になりたい」とセールスでも頂点を狙う。

自身が決勝マウンドに立った4月5日近辺は新茶の摘み取り時季と重なる。「約1ヶ月間は戦いです。家族は寝ないで仕事している。僕は一番茶を売って、勝負します」。気迫は衰えていなかった。



下は2006大学・社会人ドラフトで横浜(現DeNA)が指名した選手です。5巡目指名の下窪陽介のプロでの成績はこちら

横浜の2006大・社ドラフト指名選手
希望枠高崎 健太郎日産自動車投手
1巡目指名権なし
2巡目指名権なし
3巡目木村 雄太東京ガス投手
4巡目下園 辰哉九州国際大外野手
5巡目下窪 陽介日本通運外野手
6巡目吉原 道臣ホンダ投手
プロ入り後の成績


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