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あのドラフト選手は今・・・

あのドラフト選手は今、宇佐美康広(ドラフト6位)

2018年08月16日

8/15、東京スポーツ4面より

1993ヤクルトドラフト6位 宇佐美康広
稚内大谷高・捕手

プロ野球選手だったからこそ道具の大切さを伝えたい・・・。現役引退後、この思いを胸に埼玉県戸田市で野球用品店を営む元プロ野球選手がいる。宇佐美康広さん(1993ヤクルト6位)だ。

1993年に北海道・稚内大谷高からドラフト6位でヤクルト入り。入団当時は「日本最北端出身のプロ野球選手」として脚光を浴び、99年には一軍で15試合に出場した。だが、2000年に戦力外通告を受けて引退。以後は「(野球選手は)野球しかできないと言われたくなかったし、いろいろなことに挑戦したくて」と野球界を離れた。

広告代理店勤務やバーテンダーなどを経て、02年末に不動産会社に就職。営業マンとして安定した日々を送っていた。平穏な人生に転機が訪れたのは13年。当時小学2年生だった長男が野球を始めたことだった。

「最初は『もう野球はいい』という感じで無関心だったのですが、息子のノックの手伝いやチームでの指導を手助けするうちに親御さんたちの野球への情熱を感じ始めましてね。少年野球を手伝うお父さんたちって一生懸命で勉強熱心。自分たちでユーチューブを見て打撃フォームや投げ方を研究して子供に教えたりもする。そういう姿を見たら元プロ野球選手としては正しい方向に導いてあげたくなりまして。それ以来、会社員をしながら息子の野球チームに携わるようになりました」

心の奥底に眠っていた野球への思いがよみがえると、胸中にも変化が起きた。サラリーマンとして安定した人生を送るのも悪くはないが、幼少期から長年打ち込んできたことは「野球」。それなら野球に関連した仕事で人生を全うしたほうがいいのではないか。

「そんなことを考えている16年1月に、大工だった父親が67歳で亡くなったんです。僕を含めて4人の子育てと仕事を終え、これから余生を楽しむという時に逝ってしまった。葬式の日、ひつぎに入った父親の顔を見て思いました。『人間いつ死ぬか分からないから、やりたいことを悔いなくやったほうがいい。それなら子供たちに道具を通して野球の楽しさ、魅力を伝える仕事をしたい』と」

思い立ったら行動は早かった。16年春、14年間勤めた不動産会社を退社。直後から知人の紹介を通じて都内スポーツ用品店で修業に励んだ。メーカーによって微妙に異なるグラブのひも交換に始まり、型付けや締め具合の技術等、野球道具を扱う職人としてのイロハを徹底的に学んだ。

そして16年12月に野球用品店「ロクハチ野球工房」をオープン。店名はヤクルト時代の背番号「68」にちなんでつけた。創業時から守り続けている経営理念は「道具を大切にすること」。店舗運営を始めて1年半以上がたった今も、この姿勢は変わらない。

実際、グラブ購入のために店舗を訪れた小学生に対し、あえて新品グラブの販売を「拒否」。使い古したグラブを1日預かり、メンテナンスを施した上で返却したこともある。

「お金がある大人なら積極的に新品グラブを売りますが、子供にはできる限り長くグラブを使ってもらいたい。グラブをピカピカにして返すと本当に喜んでくれる。売り上げも大事ですが、道具へのありがたみや愛着を感じてほしいですからね」

今後の夢や目標を聞くと「みんなが野球や道具を通じて笑顔になってくれれば」と宇佐美さん。野球の楽しさを伝える伝道師として今日も店先で笑顔を届ける。



下は1993ドラフトでヤクルトが指名した選手です。宇佐美康広は6位指名され入団。プロでの成績はこちら

ヤクルトの1993ドラフト指名選手
1位 山部 太 NTT四国 投手
2位 斎藤 充弘 日立製作所 投手
3位 度会 博文 中央学院大 内野手
4位 川畑 勇一 JR四国 捕手
5位 小橋 正佳 市尼崎高 投手
6位 宇佐美 康広 稚内大谷高 捕手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、井藤真吾(ドラフト7位)

2018年07月19日

7/19、中日スポーツ3面「ドラ番記者」より

2008中日ドラフト7位 井藤真吾
中京大中京高・外野手

練習が休みだった12日のナゴヤ球場に球団OBの井藤真吾さんが訪れていた。2008年にドラフト7位で入団。14年秋にユニホームを脱ぎ、現在は岐阜県関市の新聞販売店で店長を務める。「最初は戸惑うことが多かったですけど、今は慣れましたね」と話してくれた。

昨季まで中日の打撃投手を務めていた尾藤竜一さんと同市で6月から地域の小学生を中心に野球を教えている。この日球場を訪れたのは雨天でも指導できる施設の準備をするため。マシンを置いたときに必要な距離や高さを確認しにきたという。

「硬式の中学生を教えてあげたいんですよね」。その目はギラギラしていた。「やっぱり野球から離れられませんでした」と笑っていた井藤さん。記者と同い年の28歳。陰ながら応援しています。



下は2008ドラフトで中日が指名した選手です。井藤真吾は7位指名入団。プロでの成績はこちら

中日の2008ドラフト指名選手
1位 野本 圭 日本通運 外野手
2位 伊藤 準規 岐阜城北高 投手
3位 岩崎 恭平 東海大 内野手
4位 高島 祥平 帝京高 投手
5位 岩田 慎司 明治大 投手
6位 小熊 凌祐 近江高 投手
7位 井藤 真吾 中京大中京高 外野手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、大手外資コンサル社員に

2018年06月19日

6/19、デイリースポーツ21面より

2011巨人(育成)ドラフト3位 柴田章吾
明治大・投手・22歳

元巨人投手の柴田章吾さん(2011育成ドラフト3位)は現在、大手外資系総合コンサルティング企業「アクセンチュア」の社員として第2の人生を送っている。引退後、東大・京大生の就職ランキング上位の難関企業に自力で就職。ビジネスマンとして日々奮闘している。

11年に入団し14年オフに戦力外。現役への思いもあったが「奇跡が起きて活躍できても3000万円もらえたらいいほう。それなら別の世界に行って毎年1000万円稼ぎたい」と未練を断ち切った。

引退後にジャイアンツアカデミーの講師として少年少女に野球を教える一方、就職活動を開始。人脈を駆使して商社や広告代理店、銀行など半年間で約100人のOB訪問を行い、志望する企業を絞り込んだ。

「15歳で病気になった時から野球はずっとできないと、心のどこかにありました。昔から就職するならどこがいいだろうと、働くことに興味があったんです」

三重県出身の柴田さんは中学時代、1万人に1人の難病ベーチェット病を発症。40度の高熱と腹痛に苦しみ、生死をさまよった。再発すれば失明の可能性もある病気。今も薬を服用し、定期検診が必要だ。ただ。人生観を変えたこの経験が愛工大名電高時代の甲子園出場やプロ入り、さらにアクセンチュア入社を実現させた原動力となった。

入社後は大きな壁にもぶつかった。「みんなができいる当たり前。僕はそれができなかった」。配属先では資料作成や議事録等、日々のタスクに忙殺され、上司の前で涙を流したこともあった。現在はITコンサルティング業に従事。全国各地を飛び回っている。

夢もある。アクセンチュアの採用面接では、将来的にメジャーリーグの経営に携わりたいことも伝えた。「メジャーのIT部門では実際、日本人の方も数人が働いていて、IT企業から転職した人達。アクセンチュアのITコンサルタントの人間が、その部署に行ける可能性はゼロではないと思っています」

巨人では同世代の菅野や小林が主力となったが、柴田さんも別の世界で活躍。「すごく充実していますね。人生2度、楽しめているなという感じです」。華麗なる転身を果たした29歳は、さらなる高みを目指している。



下は2011育成ドラフトで巨人が指名した選手です。柴田章吾は3位指名され入団。プロでの成績はこちら

巨人の2011育成ドラフト指名選手
育1位 森 和樹 市柏高 投手
育2位土田 瑞起四国IL愛媛投手
育3位柴田 章吾明治大投手
育4位芳川 庸洛北高捕手
育5位雨宮 敬BCリーグ新潟投手
育6位渡辺 貴洋BCリーグ新潟投手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、町豪将(ドラフト4巡目)

2018年06月16日

6/16、サンケイスポーツ終面「球界ここだけの話」より

2004オリックスドラフト4巡目 町豪将
JR九州・投手・22歳

日本列島全体で雨の日が増えた。梅雨が明ければ、本格的に夏の高校野球の時期が始まる。それと同時に、スポーツ新聞読者の方々は、紙面上で「〇〇2世」や「浪速の〇〇」などといった見出しを目にする機会も多いと思う。

イチローにダルビッシュ、大谷・・・。注目選手がそのプレースタイルやフォームを参考にしていたり、各球団のスカウトの方が「似ている」と評したことを元に比較。読者の方にもイメージしてもらいやすいように付けられる“ニックネーム”だが、名付けられた側はどう思っているのか。

かつて、ビッグネームと比較された人に聞いてみた。オリックスで広報を務める町豪将氏(2004オリックス4巡目)だ。福岡県出身の町氏は熊本・城北高→JR九州を経て、2004年にドラフト4位でオリックスに入団。残念ながら07年には戦力外となり、現在は球団職員

入団当時は1メートル85、90キロという恵まれた体格に加え、トルネード気味の投球フォームだったこともあり、元メジャーリーガーの野茂英雄氏になぞらえ「野茂2世」と呼ばれた。そのときの心境はどうだったのか。

「僕の場合はですよ」と前をした上で「うれしかったですよ。あれだけ日米で活躍された方と僕を比べていただいて、ありがたかったです」と振り返った。重圧に感じることはなかったのだろうか。

「プレッシャーとかはなかったです。いじられはしましたけど、嫌な気持ちはなかったですよ。でも、野茂さんと話したこともないので、野茂さんがどう思われているのかな、というのはありました」

町氏の場合はだが、好意的に受け止めていたようだ。そして「町、と覚えてもらえるように、とは思ってました。活躍はできませんでしたが・・・」と付け加えた。同じように思っている選手も、また違う選手もいるだろう。何より、肩書が足かせにならなければいいのだが、と感じた。



下は2004ドラフトでオリックスが指名した選手です。町豪将は4巡目指名入団。プロでの成績はこちら

オリックスの2004ドラフト指名選手
自由枠金子 千尋トヨタ自動車投手
自由枠(行使せず)
1巡目(指名権なし)
2巡目光原 逸裕JR東海投手
3巡目(指名権なし)
4巡目町 豪将JR九州投手
5巡目田中 彰法政大内野手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、ホストクラブで働いていた

2018年06月08日

6/8、夕刊フジ25面より

2008巨人ドラフト5位 笠原将生
福岡工大城東高・投手・17歳

記者
「野球賭博に関わりNPBから無期失格処分を受けた元巨人投手の笠原将生氏(2008巨人5位)が、7日発売の週刊新潮で新宿歌舞伎町のホストクラブに現役時代のユニホームを着て勤務する姿が掲載されてます」

デスク
「こういう形でユニホームの威光を借りるのは、本当は不本意だろう。なんとも切ない話だな」

記者
「以前は地元福岡の歓楽街で飲食店を経営していましたが、球界関係者によると『あんまりはやってない』と。今はお店から離れたようです。ユニホーム姿には、『アイツなりにいろいろ納得のいかないことも多い分、そういう形(で仕事をすること)になったんかな』と複雑な表情でした」

デスク
「それにしても、元所属選手とはいえ、勝手に巨人のユニホームを着て商売して大丈夫なのか」

記者
「あちこち聞いてみたら、たとえば現役時代のユニホーム姿をポスターにして大々的に宣伝でもすれば苦情のひとつも言えるけど、閉鎖された空間で着て接客するのは、『グレーゾーン。何も言えんで』というのが複数の球界関係者共通の反応ですわ」

デスク
「現役当時の闘志あふれる投球にはファンも多かった。その記憶まで汚すようなことだけは避けてほしいけどな」



下は2008ドラフトで巨人が指名した選手です。笠原将生は5位指名され入団。プロでの成績はこちら

巨人の2008ドラフト指名選手
1位 大田 泰示 東海大相模高 内野手
2位宮本 武文倉敷高投手
3位斎藤 圭祐千葉経大付高投手
4位橋本 到仙台育英高外野手
5位笠原 将生福岡工大城東高投手
6位仲沢 広基国際武道大内野手
プロ入り後の成績


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