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あのドラフト選手は今・・・

あのドラフト選手は今、渡辺秀一(ドラフト1位)

2017年05月22日

5/22、西日本スポーツ2面より

1993ダイエードラフト1位 渡辺秀一
神奈川大・投手・22歳

渡辺秀一(1993ダイエー1位)打撃投手として今年で16年目になる。現役時代は通算27勝30敗。1994年には8勝を挙げて新人王にも輝いた。右肩を痛めて2001年限りで引退し、翌02年からはスタッフに転身。キャリアは浜涯打撃投手に続いて長い。

フリー打撃では柳田やデスパイネといった主力バッター相手に投げることが多い。年齢も40代も半ばになり「体がしんどいよ」と苦笑いを浮かべるが、打者が気持ち良く打てるように気を配る。「選手が試合で結果が出ないと、どうしても、俺のせいかなって気になってしまう」

仕事が終わるとチューブトレーニングでケアに努める。「肩や肘を痛めることは絶対にあってはいけないから」。立場を変えても、高いプロ意識を持ち続けている。




下は1993ドラフトでダイエー(現ソフトバンク)が指名した選手です。渡辺秀一は1位指名され入団。プロでの成績はこちら

ダイエーの1993ドラフト指名選手
1位渡辺 秀一神奈川大投手
2位小久保 裕紀青山学院大内野手
3位吉本 一義大阪経法大投手
4位吉武 真太郎国東高投手
5位澤田 剛函館有斗高投手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 08:36|この記事のURL

あのドラフト選手は今、野原将志(ドラフト1巡目)

2017年05月19日

5/19、スポーツニッポン6面より

2006阪神(高校)ドラフト1巡目 野原将志
長崎日大高・内野手・18歳

OBC高島の野原祐也新監督(2006阪神ドラフト1巡目)にとってはホロ苦い敗戦となった。初回無死二塁の先制機をスリーバント失敗などでつぶすと、その裏に安打と失策で招いた無死二塁から失点。2回、3回も失策絡みで失点し、投手交代のタイミングは難しかった。

7失点ながら、自責点は0。「先発の永井が頑張っていただけに、スパッとあきらめられなかった。選手が硬くなっているところで、力を引き出してやれなかった」。指揮官として敗戦の責任を背負った。

昨季限りでBCリーグ・富山の選手兼任コーチを退任し、今季からクラブチーム・OBC高島の監督に就任。采配の難しさに頭を悩ますこともあるが「日々、勉強。次はこうしていこうと思ってやっています」と前を向く。

古巣の阪神はセ・リーグ首位を快走中。現役時代にかわいがってもらった金本知憲監督とは、ステージが違うながらも「監督」という同じ立場になった。「レベルが全然、違いますから(笑)。テレビで見て勉強させてもらっています」。

チームは敗者復活の第4代表決定トーナメントへ回り、31日にNSBベースボールクラブと対戦する。1次予選は全勝で突破しており「ここまでは選手に連れてきてもらったので。チームをいい方向に導いていきたい。次に向けて頑張ります」。監督としての挑戦は始まったばかりだ。

(5月18日 社会人野球近畿2次予選 ニチダイ 7―1 OBC高島)



下は2006高校ドラフトで阪神が指名した選手です。野原将志は1巡目指名され入団。プロでの成績はこちら

阪神の2006高校ドラフト指名選手
1巡目野原 将志長崎日大高内野手
2巡目指名権なし
3巡目橋本 良平智弁和歌山高捕手
4巡目横山 龍之介日本文理高投手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 08:49|この記事のURL

あのドラフト選手は今、清原大貴(ドラフト4巡目)

2017年05月18日

5/18、スポーツニッポン4面「こちら編集局」より

2007阪神(高校)ドラフト4巡目 清原大貴
常総学院高・投手・18歳

久々の再会でした。今春の高校野球大阪大会。興国―上宮太子戦を訪れると、スタンドには元阪神・清原大貴氏(2007阪神4巡目)の姿がありました。阪神には2008年から13年までの6年間、在籍。現役引退後は柔道整復師の国会資格を取得し、現在は興国高校硬式野球部のスーパーバイザーとして投手陣を支えています。

プロでの6年間は常に、ケガとの戦いでした。肩、脇腹、股関節・・・。それでも当時を「良い経験ができたと思っています」と振り返る強さがあります。昨秋はベンチ外だった伝佐投手が、今春の大阪大会では背番号10をつけて好投。清原氏の指導は着実に、浸透しているようです。

「タイガースを辞める時に、もう野球のユニホームを着ることはないと思っていたので、すごくありがたいです」。言葉の端々からは、再び野球に携われている喜びが伝わってきました。新天地での活躍を期待しています。




下は2007高校ドラフトで阪神が指名した選手です。清原大貴は4巡目で指名され入団。プロでの成績はこちら

阪神の2007高校ドラフト指名選手
1巡目高浜 卓也横浜高内野手
2巡目指名権なし
3巡目森田 一成関西高内野手
4巡目清原 大貴常総学院高投手
プロ入り後の成績


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あのドラフト選手は今、川本良平(ドラフト4巡目)

2017年05月13日

5/12、夕刊フジ31面「俺の人生第二幕」より

2004ヤクルトドラフト4巡目 川本良平
亜細亜大・捕手・22歳

ヤクルトなど3球団で強打の捕手として活躍し、昨年限りで引退した川本良平氏(2004ヤクルト4巡目)が、3月に国内最多の客室数を誇るホテルチェーン「アパグループ」に就職。法人営業部購買戦略室のアシスタントマネジャーとして奮闘している。戦闘服をユニホームからスーツに替え、新たなスタートを切った。


記者
「なぜアパに」

川本良平
「今年1月、幕張(アパホテル&リゾート東京ベイ幕張)でロッテの角中勝也外野手のファンミーティングにゲストで出て、そのときにアパの元谷拓専務にお会いして、興味があったらおいでと誘っていただきました」

記者
「不安は」

川本良平
「まったく別の世界で、今までの知識は通用しない。不安はすごくありましたけど、新しいことをやってみたかった。楽しみの方が多かった」

記者
「今の仕事内容は」

川本良平
「法人営業や分譲マンションの営業。ホテルのアメニティや、アパ社長カレーの購買。経営者が集まって意見交換をする経営者交流会に行って手伝ったり、いろんな人の話を聞いたりしています」

記者
「大変なことは」

川本良平
「言葉遣い、電話番、名刺の渡し方とか、そんなこともまったくわからなかったので一から学びました」

記者
「3月から始めて2カ月たった」

川本良平
「ようやく少しずつ慣れて、仕事もできるようになってきました」

記者
「周囲の反応は」

川本良平
「自分のツイッターで、アパグループでセカンドキャリアをスタートさせましたとつぶやいたら、応援しています、アパホテルに泊まります、とたくさん反響がありました」

記者
「セカンドキャリアで苦戦している野球選手も多い」

川本良平
「アパがプロスポーツ選手を採るのは初めてなので、パイオニアになってほしいといわれました。野球選手は根性があると思われているので頑張りたいです」


 

下は2004ドラフトでヤクルトが指名した選手です。川本良平は4巡目で指名され入団。プロでの成績はこちら

ヤクルトの2004ドラフト指名選手
自由枠田中 浩康早稲田大内野手
自由枠松岡 健一九州東海大投手
1巡目(指名権なし)
2巡目(指名権なし)
3巡目(指名権なし)
4巡目川本 良平亜細亜大捕手
5巡目上原 厚治郎沖縄電力投手
6巡目丸山 貴史愛工大名電高投手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 07:05|この記事のURL

あのドラフト選手は今、麦倉洋一(ドラフト3位)

2017年05月11日

5/10、デイリースポーツ8面「週刊デイリー高校野球」より
 

1989阪神ドラフト3位 麦倉洋一
佐野日大高・投手・18歳

春夏10度の甲子園出場を誇る佐野日大の監督に、OBの元阪神・麦倉洋一氏(1989阪神3位)が4月1日付で就任した。プロ野球引退後、20年間勤務したスポーツ用品店メーカーを退職して転身した。背景にあったのは、母校と甲子園への熱い思い。監督として聖地を目指す野球人生の再スタートを切った。

「集中力、集中力!」。懸命に白球を追う選手に、新監督のゲキが飛ぶ。グラウンドには笑顔と元気のいい声が絶えない。「明るくというのは変えたくない。つらい練習でも気分だけは楽しく。僕らの時代もそうだった」。麦倉監督は、受け継ぐべき伝統へのこだわりを口にした。

母校からの誘いを受け、45歳で踏み出した指導者の道。決断の理由をこう説明した。「甲子園は人生が変わる。本当ですよ。自分が味わったことを、この子らも味わって、いい思いをしてこの学校を卒業してほしい。それだけです。母校で監督をやれるのはそうないことですから」

89年夏、甲子園初出場時のエース。栃木大会を39回無失点で制して聖地に乗り込み、開幕試合で完封と決勝アーチ。ひと夏の活躍でプロへの扉を大きく開いた。「甲子園で人生が変わった」男の言葉には説得力がある。

同年秋のドラフト3位で阪神に入団。通算2勝を挙げた。故障もあって5年で現役生活を終えた後は、スポーツ用品メーカーのデサントに20年間勤務。営業担当としてプロのトップ選手に接し、高校、大学、社会人の様々なチーム作りを目の当たりにしてきた。

指導する立場は初めてでも、野球現場の最前線に25年。引き出しは多い。投手育成で痛感するのは「走ることで投手が得られるものは多くある」という普遍の原理。バランス、心肺機能、ピンチでの精神面・・・。下半身ができていなければ、制球も変化球の習得もままならない。

自身はプロで右肩を手術。「すぐ追いつこうと焦りすぎた。順番を追っていかないといけない」。苦い経験は、ランメニューの重要性を選手に説くのに役立っている。

高校生とのコミュニケーションにも経験が生きている。「上から押しつけるのではなく、一人一人と対話が必要。営業をやっていたので、そこは注意しています」。週2回は寮に泊まり、将来の相談にも乗る。主将の中山貴史投手は「自分たちが思っていたことを、監督も考えていたりする。新体制の最初の夏に甲子園に行きたい」と意気込む。

改革は進んでいる。選手の能力は高くとも、昨秋は県大会初戦敗退。「おとなしいし、真面目。オレがオレが、という子がいない」という状況に、就任が決まった昨年12月のミーティングで「君らは1回戦負けのチーム。優勝したければ、いくらでも練習しなきゃいけない」と、厳しい言葉をかけた。

春からはA、B、1年生の3チームの入れ替えを活性化。競争意識を高め、底上げを図っている。他の強豪校に比べて物足りなかった打撃は「まずは思い切り振らせる」と、スイングの量も質も高めた。投手陣のランニング量も、倍になった。初采配となった春の栃木大会は4強入り。まずまずの第一歩はしるした。

「これからでしょうね。苦しいのは。これだけは譲れないという芯を、早く見つけたい」。冷静に現状を見つめる麦倉監督は「野球をやってきて、サラリーマンでも野球に関わって、最後はこれだな、と。プロに行く前は指導者が夢だったんです」と明かした。

球児として、プロとして聖地を経験し、長い時を経て戻った原点の思い。母校の将として、再びあの舞台に立つ。
 



下は1989ドラフトで阪神が指名した選手です。麦倉洋一は3位指名入団。プロでの成績はこちら

阪神の1989ドラフト指名選手
1位葛西 稔法政大投手
2位岡本 圭治近畿大内野手
3位麦倉 洋一佐野日大高投手
4位古里 泰隆福岡第一高投手
5位新庄 剛志西日本短大付高内野手
6位吉田 浩高岡第一高外野手
プロ入り後の成績


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