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思い出ドラフト

裏金発覚の一場靖弘がプロで通用しなかった理由

2014年08月09日

8/8、東京スポーツ5面「杉山賢人の忘れないで夢を」より

2004楽天ドラフト自由枠 一場靖弘 
明治大・投手

楽天の投手コーチを務めていた僕にとって、忘れがたい選手に一場靖弘(2004楽天自由枠)がいます。2004年自由獲得枠で楽天に入団。エース候補として期待されつつ、結局、結果を残せなかった。

彼を初めて見たのは、入団1年目の05年。僕は横浜で打撃投手をしていました。当時はフルキャスト宮城と言われていた球場一塁側のブルペンで、立ち投げをしているのを見ました。当時の一軍投手コーチの小野さんとは西武時代に一緒にやっていたのでご挨拶をして「いいボール投げますね!」と言ったら「ダメだ、こいつ」と。

聞けば「マウンドに上がって捕手を座らせて投げたら、ボールが全然違うんだ」と言うわけですよ。「ちょっと傾斜がつくとすぐダメなんだよ」と嘆いていたのが印象に残っていて、そこから気にかけていました。

一場の出身の明治大学の野球部監督が僕の出身校の監督でもあった川口啓太さんだった縁もあった。ある時、川口さんに「一場ってどんな投手なんですか?」と聞いたら「いいボールを持っているんだけど何を考えているか分からない」という返事だった。

そして06年から僕が楽天投手コーチを務めるようになって、実際に指導するようになると、平らなところで投げるボールは確かにすごくいい。平らなところというのは、踏み出した足が早く着くわけで、力が入る。だからボールが走る。

逆に傾斜がつくと、平らな地面に足をつくよりもちょっと下がる。下がったことにより全部、ボールが沈んでしまう。どうしたら良くなるかなと。

一場の課題には立ち上がりの悪さもありました。2回以降は立ち直るんですが、序盤で考え過ぎてしまうんでしょうね。ブルペンである程度の球数を投げていけばいいと考えるかもしれませんがそういうものでもない。室内と屋外の環境の違いもあった。時には「何も考えず、マウンドで投げてごらん」と声をかけたりもしました。

一方ではあまりにも先発として結果が出ないため環境を変えようと抑えに配置転換するという話もありました。実際に直球も150キロ超と速かったし、チェンジアップも良かった。抑えとしての条件は揃っていた。

ただこの点に関しては野村監督が首を縦に振りませんでした。監督としてもあれだけの素質を持って何とか先発として大成させたいという気持ちを持っていたようです。

その後、一場はヤクルトに移籍し、結果としてプロでは芽が出なかった。僕としてはあれだけの素材を持つ一場を、もっと大成させてあげたかった。彼自身、入団時にいろいろな経緯があっただけにね。コーチとしての技量のなさを痛感した出来事でもありました。



下は2004ドラフトで楽天が指名した選手です。一場康弘は自由獲得枠で入団しました。プロでの成績はこちら

楽天の2004ドラフト指名選手
自由枠一場 靖弘明治大投手
自由枠(行使せず)
1巡目(指名権なし)
2巡目渡辺 恒樹NTT東日本投手
3巡目(指名権なし)
4巡目西谷 尚徳明治大内野手
5巡目塩川 達也東北福祉大内野手
6巡目大広 翔治東洋大内野手
7巡目平石 洋介トヨタ自動車内野手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 06:09|この記事のURL

高校野球の悲劇、潰された大野倫(1995巨人5位)

2014年08月08日

産経新聞websiteより (source)

1995巨人ドラフト5位 大野倫 
九州共立大・外野手

高校球児が全国の頂点をめざす夏の甲子園が9日から始まる。照りつける太陽に、まとわりつくような暑さ・・・。酷暑の甲子園球場でのスタンド観戦も、実はそんなに楽なものではない。それでも球場に足を運んでじかに見てみたいと思わせる選手が現れる。

この夏も、期待した剛腕がいた。愛媛・済美高の安楽智大である。昨春、2年生ながらセンバツ5試合で772球を投げて準優勝した。この熱投が引き金となり、昨夏の甲子園から準決勝前日に「休養日」が設けられるようになったのだから、ある意味で甲子園の「歴史」を変えた投手といっていい。

その安楽は昨秋、右ひじを痛めた。センバツ、選手権、さらに18歳以下ワールドカップと投げ続けていた負担が噴き出したともいえる。最後の夏も、その影響がなかったとはいえないだろう。結局、安楽はこの夏、愛媛大会3回戦で散った。2年のとき157キロをマークした球速は、高校最後の試合での最速が148キロ。あの剛速球は、よみがえってはこなかった。

平成18年夏の甲子園、早実の斎藤佑樹(2010日ハム1位)は948球を投げた。決勝で敗れた駒大苫小牧の田中将大(2006楽天1巡目)も658球を投じている。平成10年夏の優勝投手、松坂大輔(1998西武1位)もまた767球を記録した。彼らはいずれもプロに進み、投手としての実績を残している。

しかし、投球過多によって将来を奪われた投手もいる。平成3年第73回全国高校野球選手権の沖縄水産の大野倫(1995巨人5位)だ。3回戦から決勝まで、彼は4連投を強いられた。ネット裏の記者席で見ていると、日に日に彼の球威が衰えていくのがわかった。決勝戦などは、見るのも痛々しいほどの投球だった。

深紅の優勝旗を勝ち取るために、黙々と投げ続けた彼の投球数は773。試合後、右ひじは「く」の字に曲がったままだった。その代償は「疲労骨折」。のちに大学、プロへと進んだが、彼がマウンドに立つことは二度となかった。

大野の悲劇をくりかえさないよう、日本高校野球連盟の総務委員会は平成5年、翌夏から準々決勝と準決勝の間を1日開ける日程延長を決めた。5年2月17日付産経新聞朝刊に、「来夏から甲子園に中休み」という見出しの特ダネ記事が掲載されている。当時の牧野直隆会長の「将来ある若者の肩をつぶしてはならない」という談話つきである。

ところが、これは共催者の反対で見送られたという。「ソロバンをはじくと1日延びれば経費もかさむ。球児より、おとなの都合優先というのが理由だった」。当時取材したベテラン記者は言った。あれから休養日ができるまで20年の歳月を要した。ただ、問題は現場の意識であろう。

あのころ、牧野さんが主張した「エースの負担を軽減するための複数投手の養成」といった方策は進んでいるのだろうか。OBたちの圧力が強い強豪校ほど勝利にこだわるため、エース続投に固執してしまう傾向は変わってはいないのではないか・・・。

安楽の最後の夏を甲子園で見たかった。けれど、そこにたどりつく前に敗れ去ったことで、肩、ひじの酷使を免れたとすれば、彼の将来を考えるとき、これでよかったとも思えるのである。



大野倫は沖縄水産高校卒業後、九州共立大に進学。1995ドラフトで巨人に5位指名され入団しました。プロでの成績はこちら

巨人の1995ドラフト指名選手
1位原 俊介東海大相模高捕手
2位仁志 敏久日本生命内野手
3位清水 隆行東洋大外野手
4位大場 豊千上宮高投手
5位大野 倫九州共立大外野手
6位小林 聡水戸農高投手
プロ入り後の成績


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不祥事で甲子園出場辞退した内海哲也(巨人)

2014年08月03日

8/3、スポーツ報知2面「Gペン」より

2003巨人ドラフト自由枠 内海哲也
東京ガス・投手

奇跡としか言いようがない。高校野球・石川大会決勝の星稜である。0―8の9回裏、小松大谷から一挙、9点のサヨナラ劇。負けた側からすれば、青春残酷物語だったことだろう。あれから1週間。立ち直れただろうか。

いや、小松大谷はまだマシだ。全力を尽くして、敗れ去ったのだから。問題は、試合に出ることを許されなかった球児だ。

静岡大会では菊川南陵が4回戦に進出しながら、部内の暴力事件を理由に、出場辞退した。6月にメンバー外の1年生5人の喫煙が発覚。メンバーの上級生が責任感から2人を殴り、1人が歯を折った。日本高野連へ投書があり、明らかになった。

殴るのは絶対にダメだが、上級生の気持ちもわかる。最後の夏を目前に、1年生がたばこを吸っていたら、厳しく注意するのは当然だ。同情の余地はある。教育の一環だからこそ、野球をする権利を奪って欲しくなかった。

内海哲也(2003巨人自由枠)も、甲子園に立つ機会を奪われた過去がある。00年センバツ。敦賀気比はV候補筆頭だった。だが大会直前、野球部員の無免許運転による追突事故が発生し、出場辞退を余儀なくされた。巨人担当だった8年前、内海に聞いたことがある。どんな心境だったの?。

「目の前が真っ暗になりましたよ。地獄です。一生、忘れられません」。いつもは快活に話してくれる哲ちゃんが、その時ばかりは表情を曇らせ、つらそうに言った。野球選手にとって最も不幸なことは、野球の試合ができないことである。

6月5日、内海は左肩痛で登録抹消された。今季まだ1勝。ふがいなさがあっただろう。1週間後、私はG球場にリハビリの様子を見に行った。腐らず、育成選手とでかい声を張り上げ、尾花コーチのノックを懸命に追う26番が、いた。瞳は、輝きを失っていなかった。

そしてこの日。6回2死満塁の絶体絶命を切り抜けたその裏に、逆転劇が待っていた。勇人の同点弾や阿部の決勝2ラン、救援陣の熱投には「内海に2勝目を」という執念が感じられた。

人は逆境でこそ真価が問われる。苦難を前向きに乗り越えた男には、試合で投げられる喜びがあふれていた。内海よ、したたかに勝ちまくれ。有言実行の「これから10勝」へ、奇跡を起こせ。




内海哲也は2000ドラフトでオリックスに1位指名されるも入団拒否。東京ガスを経て、2003ドラフトで巨人に自由獲得枠で入団しました。プロでの成績はこちら

記事に、「野球部員の無免許運転による追突事故が発生し、出場辞退を余儀なくされた」とありますが、事故を起こしたのは中日にドラフト7位で指名された仲沢忠厚です。プロでの成績はこちら (7位)


中日の2000ドラフト指名選手
1位中里 篤史春日部共栄高投手
2位洗平 竜也東北福祉大投手
3位井本 直樹新日鉄名古屋投手
4位岡本 真也ヤマハ投手
5位土谷 鉄平津久見高内野手
6位山崎 賢太島根商科専門学校投手
7位仲沢 忠厚敦賀気比高内野手
8位辻田 摂PL学園高出内野手
プロ入り後の成績


draftkaigi at 07:22|この記事のURL

思い出甲子園、清水誉(2006阪神4巡目)

2014年07月08日

7/8、スポーツニッポン終面「アツかったあの夏の思い出」より

2006阪神(大・社)ドラフト4巡目 清水誉
関西学院大・捕手

もう12年前になる。「甲子園」を目指した、あの夏。報徳学園、東洋大姫路、神戸国際大付などの名だたる強豪私学に交じって、大会のダークホースに名を連ねた公立校があった。清水主将が率いる小野だった。

センバツ優勝校である報徳学園のエース・大谷(2009ロッテ2位)を筆頭にタレント揃いだった02年夏の兵庫大会。小野は準々決勝でプロ注目の坂口(2002近鉄1巡目)擁する神戸国際大付と激突した。相手は優勝候補の一角。それでも臆することなく、真っ向から渡り合った。

捕手・清水も巧みに3投手をリード。坂口を3打数無安打に封じるなど意地を見せた。だが、健闘むなしく敗戦。もちろん悔しい。ただ、悔いはなかった。「公立校の自分たちがベスト8まで行けたことは、すごいことだったと思う」。完全燃焼した自負があったからだ。

「高校では野球以外のところでも、いろいろ苦労しました」。小野は毎年、東大、京大、阪大、神大に計50名近い現役合格者を輩出する名門。グラウンドでは白球に食らいつき、それ以外の時間は机にかじりつかないと野球と勉強を両立できない。そんな環境の中、160校以上が参加する兵庫の8強に入ったのだ。

「今はトータルで見て小野に行ってよかったと思う。何より、みんなが一丸になって頑張れたのが、高校野球の素晴らしいところですよね。当然みんなベンチに入りたいし、試合に出たい。それでも(ベンチ外の)同級生たちはサポートに回ってくれましたからね」。

甲子園は届かずも、それに劣らぬ宝物を手にした3年間。友と白球を追った日々の記憶は、今も色あせない。




清水誉は小野高校を卒業後、関西学院大へ進学。2006大学・社会人ドラフトで阪神に4巡目指名され入団しました。

阪神の2006大・社ドラフト指名選手
希望枠小嶋 達也大阪ガス投手
1巡目指名権なし
2巡目指名権なし
3巡目上園 啓史武蔵大投手
4巡目清水 誉関西学院大捕手
5巡目大城 祐二TDK千曲川内野手
プロ入り後の成績



清水誉のプロでの成績はこちら

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思い出甲子園、2012巨人ドラ5・坂口真規

2014年07月01日

7/1、スポーツ報知2面「YGファーム情報」より 

2012巨人ドラフト5位 坂口真規
東海大・内野手・動画

今週の巨人「ファーム情報」は、若手がアマチュア時代のエピソードを語る「我がマル秘球歴」。智弁和歌山から東海大を経てプロ入りした2年目の坂口真規内野手(2012巨人5位)は、自慢の長打力をどのように身につけたのか。竹バットを使用した打撃練習など、野球漬けの高校時代を振り返った。

イースタンでチームトップタイの57試合に出場している坂口。その魅力は高い放物線を描く本塁打だ。今季はまだ5本止まりだが「遠くに飛ばすことが僕の持ち味だと思っています」。そのルーツは「今やれと言われたらやりたくない」と苦笑するほどバットを振り込んだ、高校時代にある。

智弁和歌山といえば、甲子園最多の63勝を挙げている高嶋仁監督のもと、強力打線が代名詞。練習は午後2時半から同8時まで。その中で最も多くの時間を割くのが「満足するまで打ち込んでいい」と指示される打撃練習だ。

同校では竹バットを使用。木製バットよりも耐久性に優れる反面、素材が硬いため、しっかりと芯に当てないと手がしびれる。「冬場はバットの先っちょに当たるだけで手が真っ赤。芯に当てるために必死でした」。

さらにマシンは160キロに設定。最初は「バットに当てるのがやっとだった」が、毎日打ち込んでいくうちに体が慣れ、140キロ超えの球でも芯で捉える力が身についた。

効果が表れたのが、高2だった07年の夏の甲子園だ。155キロ右腕・佐藤由規(2007ヤクルト1巡目)を擁する仙台育英と対戦。「直球は本当に速かったですけど、ボールは見えていました」。しっかり選球し、甘く入ったスライダーを左翼席中段へ2ランを叩き込んだ。

同校では1学年10人前後と少数精鋭のため、毎日のように打撃投手を務めていたことも、今に生きる。当時は主に一塁手だったが、東海大では三塁が定位置に。「高校でたくさん投げていたので、スローイングは苦労しなかった」と振り返る。

ルーキーイヤーの昨年は、1軍で7試合に出場も本塁打はなし。「1軍でホームランを打ちたい」。立場は変われど、あの頃と気持ちは変わらない。



下は2012ドラフトで巨人が指名した選手です。坂口真規は5位指名され入団しました。

巨人の2012ドラフト指名選手
1位菅野 智之東海大投手
2位大累 進道都大内野手
3位辻 東倫菰野高内野手
4位公文 克彦大阪ガス投手
5位坂口 真規東海大内野手
プロ入り後の成績



坂口君の大学時代のバッティング動画はこちら


坂口君の大学時代のスカウト評はこちら

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